前回第2章:支柱、砕けて
3章:嘘吐き、散る。
・1節
公式よりグレードの低い「個人コンテスト」に出場を続け、負け続け、負け続け、負け続け。それでもmeshi娘の筆は止まらない。ある月には月間最多の投稿数を記録したほどの速度で、彼女の作品は投稿されていく。だから、「ルーキーコンテスト」から、それが発表される時までは、一瞬のことのようだった。
「夏季コンテスト」。著者学で最も規模の大きい公式コンテストの一つ。その、今年のテーマがついに発表された。
そのテーマを知らせるため、meshi娘がいつも執筆している「著者ルーム」1に駆け込んだ。
留守だった。
「meshiochiのトレーナーさんですか?」
その声に振り返ると、生徒会の腕章をつけた娘……uk娘がいた。
「あの子なら今日はライブに行ってますよ」
どうやら入れ違いになってしまったらしい。最初はここで待たせてもらうことにしようと思ったが、なんとなく気になって彼女がいるというライブハウスに向かう。
会場には事前予約していないので入れなかったし、ライブはすでにアンコールに入っていた。だが、ここからでも伝わるのは……熱気。
彼女が推すロックバンドの軽快なサウンドと歓声、飛び跳ねる観客の振動。その中心でこれを味わうのはきっと楽しいのだろうな、と思う。
アンコールの曲が終わって、ライブタオルで汗を拭うmeshiochi娘に手を降ると、その倍の大きさで手を振り返してきた。
「編集者!なんか悪いな、ここまで来させちゃって。待っててもよかったのに……いや、わかった。そういうことか」
A.ああ、そういうことだ。
「編集者も本当はライブ来たかったんだな……次からはチケット二人分用意するから」
A.違うぞ!?
B.ああ、よろしく!
「なんてな、冗談冗談。アンタがわざわざここまで来るほど大事な要件、つまり……夏季コンのテーマ決まったんでしょ?何?」
ライブ終わりで機嫌が良いのか、ニコニコしながら本題を見透かしてくる。
A.ああ、今年のテーマは「嘘」だ。
「──へえ。そりゃあいい」
嘘を吐くことにはちょっと自信あるから。そう続けて、meshi娘はライブタオルをバックにしまった。
・2節
ついに、嘘のコンテスト投稿期間が始まった。「嘘を吐くことには自信がある」と豪語したmeshi娘は──!
「やべえ、なーーんも浮かばない」
自室のソファーで寝転がっていた。ここまでブレストなどは何度かやってきてはいるが……今meshi娘が「表に出したい」アイデアが全くないらしい。
「編集者、なんかアイデアくれ。なんならプロット書いてくれ」
A.それはちょっと……
「だーよなぁ。それじゃ仕方ない、別のこと頼むわ」
meshi娘がソファーから起き上がって、いつものイヤホンを手に取る。しかしそれをつけるわけでもなくこちらを見る。
「なんかやる気起きること言って?」
ウインクまでつけてのこれである。文面に書き起こしたらハートマークが付きそうな軽薄さで無茶振りをかましてきた。
「やっぱ読者の応援があるとモチベが違うからさー。なんでもいいんだよ。頑張れーでも応援してるーでも」
と、雑な補足。まあそういうことなら……と自分の掛け値なしの本音で応えることにした。
A.信じてるぞ
「……へぁ?」
meshi娘は素っ頓狂な声を出して固まった。
A.何か不味かったか?
「いや、いや別に……ただちょっと不意をつかれたというか、なんというか。そっか」
すぐにパーカーを被って背を向けてしまったのでその表情は読み取れない。
「ネタ探してくる」
そう言って、彼女は慌てて部屋を出る。出て行く前に、少し立ち止まった。「ありがとう」という声も、聞こえた気がした。
少しは信頼してくれているのかもしれないな、という実感を、meshi娘の編集者になってから初めて覚えた。
とりあえずは彼女の散らかした部屋を片付けておこうと、手頃な書類を手に取ったところで──バァンと扉が開く。
「わかったぞ編集者、つまりカインのコンテストだ」
・2節
嘘のコンテストに出す予定のtaleに、meshi娘はこれまでにないほど時間をかけた。その筋に詳しい著者娘に取材を申し込み、ゆっくりと練り上げていく。
普段の書き方を知っているだけに──
「こういう書き方もできるんだな、って思った?」
こちらの考えを見透かしたmeshi娘。編集者って結構顔に出るよなー、と笑って言う。
「著者学に来る前はこういう、時間かけて練り上げる書き方もしてたよ」
A.今までやらなかったのはなんでなんだ?
「………こういうことだよ」
スマホの画面を見せてくる。『日本支部理事会書類』 by stengan774、まさに今投稿された作品だった。
「設定を組み立てたり練り上げる能力じゃあ、ここでは明確な上位互換が何人もいる。だから逃げてたんだ。けどまあ、それも今までだけの話」
meshi娘は、執筆用の端末に向き直る。先程とは明らかにやる気が違う、燃える瞳。
「予定変更──明日までには出すぞ」
そう言って、彼女はイヤホンをつけ、自分の世界に落ちて行く。改めて、その姿を見る。
捻くれた言葉使いや態度に似つかない、脇道せずに一直線な書き方、困った時に苦しそうに天を仰ぐ仕草。そしてそれでも、書いている途中に少しずつ上がる口角。それらはどんな作品でも変わらない。
だからこそ、「勝たせたい」と強く思った。
「勝たせたい、じゃないよ」
声に出ていたようで、イヤホンをしているはずの彼女から返答が返ってくる。
「おれは最強の著者娘、meshiochislash。勝つことは必然だ」
その言葉は、彼女とはじめて会った時のそれより震えていたが、彼女とはじめて会った時より何倍も重かった。
・3節
創作において、かけた時間と評価は必ずしも比例しない。それは編集者なら誰もが知っていることだった。
つまり、まあ。言ってしまえば、meshiochi娘の新作「最初の嘘」は……あまり伸びなかった。虎の子だった、やはり残念だという気持ちは強い。
「そういうこともある」
だが、meshiochi娘はアッサリそう言い放った。いや、実際は一日なんで伸びないんだよと喚き散らして校庭を走っていたという噂が流れているが、見ていないので真偽の程は不明だ。そんな声を聞いた気もするが気のせいだ。追求しようとして手酷いボディーブローを食らってもいない。さすが元・運動部。痛い。
「とにかく、だ。伸びなかった以上は仕方ない。割り切る」
meshi娘はそう言い切って、荷物を纏めた……荷物を纏めた?
「ってーわけで、ちょっと3日出かけてくる。外出許可証はもらったから安心してくれ」
唖然。引き止める間もなかった。慌てて電話しようとして、部屋のノートパソコンが開きっぱなしになっているのを見つける。
A. …………なるほど。
彼女が好きなバンドのベストアルバムが出るのが、3日後だった。
そして案の定というか、翌日電話がかかってきた。
『もしもし編集者?悪いね説明なく居なくなって。聴くためにちょっと気持ち作りたくてさ』
軽いノリでそう言う彼女の声は、しかし少し高揚していた。余程アルバムを楽しみにしていたのだろう。
A. 焦ったよ
B. 別に気にしてない
『悪かったって!それで相談なんだけどさー、編集者。気持ち作るために考え事してたら作品出来ちゃったんだけど、リモートで仕事できる?』
勝手なことを……そう、言おうとして。送られてきた作品を見て口を閉じた。
『"そのグラスがぶつかる音は響かない"。我ながらいい出来だと思うんだ』
・4節
『もしもし?どう、投稿上手くいった?感想とか来てたら教えてくれ』
『おーい?もしもし?』
A. 気にしなくていいよ
『えっ、もしかして低評価削除?おいちょっと!』
A. この結果は、自分の目で見た方がいい。
『そのグラスがぶつかる音は響かない』、投稿から1日で+50突破。感想も好意的なものが多く来ている。決選投票のことや部門のことを考えると、入賞候補に躍り出たことは間違いない。
それを、電話越しで伝えるのはあまりにももったいない。
『ふーん、いいやわかった。もう一作書いて次こそは残すから』
……が、どうやら勘違いさせてしまったようだ。そんな言葉を残して彼女は電話を切ってしまった。そしてそれから2日間、電話に出なかった。結局meshi娘と次に話せたのは、彼女が帰ってきてからだ。
「ただいまー」
ヒトリエのベストアルバム「4」初回限定盤をタワーレコードのビニール袋に引っ提げて、部屋の主が帰還する。ちなみに「4」はタワーレコードで買うと購入特典として4人の姿を写したポストカードが付いてくる。
meshi娘がヒトリエの軌跡を辿るベストアルバム「4」、初回限定版4500円(税別)を自分の棚に丁寧にしまう。ちなみに初回限定版には「COUNTDOWN JAPAN 18/19」のLIVE映像が全曲収録されている。「踊るマネキン、唄う阿呆」で始まり「センスレス・ワンダー」で終わる至極のLIVEだ。
ちなみに初回限定版でなければ3000円(税別)で買える。これまでのヒトリエが4人で奏でてきた軌跡を追おうという方が始めて買うには最適なアルバムだ。でも個人的には泡色の街とかRIVER FOG, CHOCOLATE BUTTERFLYとかバスタブと夢遊とかソシアルクロックとかベストアルバムに入らないのは仕方ないけど聞いて欲しい曲はいっぱいあるから、ハマったら別のアルバムも聴いてみてほしいな。と、meshi娘は誰にでもなく呟いた。
「で、どうだったかな"グラス"は……っと、え」
A. めっちゃ伸びてる。
「騙したな?」
A. そんなつもりは……。
睨んでくるmeshi娘に肩をすくめる。それより、何通か感想も来ているから早く返事をするように、と促した。
「あ、ああ。ってKの人からも感想来てんじゃんすげえ!うわあ!」
meshi娘は飛び跳ねるように部屋を出て感想の主の方に走って行く。実際飛び跳ねていた。
「どうも」
それを見送った後、背後。最初からそこにいた著者娘に声をかけられる。
梨娘。ホラーを主戦場とする『存在』。
「嘘のコンテスト、tale部門。盛況ですね」
A. そうですね……?
この著者娘は、何を考えているのかいまいちわからない。脈絡なく現れて脈絡ないことを言う。
「お互い、頑張りましょう」
そう言って、彼女は部屋を後にした。
……どうやって出ていったのか、どうしても思い出せないが。
・5節
最終日が終わった。つまり、決選投票ということになる。
「……」
緊張、と言った面持ちでmeshi娘が押し黙る。それもそのはず、tale部門は過去1番の魔境と化していた。
+100を超えたすて娘の「日本支部理事会書類」、最終日投稿でぐんぐん伸びてきた梨娘の「攀縁」、最終週に投稿されてじわじわと伸び続けるじらく娘の「消えた地下街」。SCP部門でも活躍しているmitan娘の「妖怪」やnemo娘の「原点」。どれが表彰台に残るか全くわからない大混戦。
決選投票……『嘘』らしさの得点と、その期間にも伸び続ける通常の得点。その合計で勝者は決まる。
「編集者、一つ聞いてくれ」
画面を見たまま、meshi娘がこちらに話しかけてくる。
「俺は俺の作品の嘘らしさに、正直自信はない。いいものが出来たとは思うけど、さ」
meshi娘は頬杖をついて、話を続ける。
「そもそも元の得点でも、またstenganさんに負けてるし。stenganさん以外にも、同じように俺より後に入った後輩に負けてる」
"そのグラスがぶつかる音は響かない"の決選投票が、伸び悩む。反対に、「原点」「妖怪」など、ライバルとなる筆頭候補の作品たちの得点が伸びていく。meshi娘は、黙ってそれを見つめていた。
「ベストは尽くした。かつてないほどいいものが書けた、と思う」
meshi娘は、ディスプレイから目を背けるように突っ伏した。
「なのにさ、なんで悔しいんだろう。なんで負けるんだろう」
鼻水を啜る音が聞こえる。パーカーの裾を握りしめ、体が震えている。
「編集者、おれ、才能ないのかな」
……ここで、「そんなことない」と言うのは簡単だ。でも、なんとなく。meshiochislashという著者娘はそれを望まない気がした。
A. 知らない。
B. 分からない。
「……そう」
著者娘を受け持つのはmeshi娘がはじめてだ。だからと言うのもあるが……彼女の才能がどれほどのものなのかなんて、わかるわけがない。
A. でも、君が次になんて言うかは知ってる。
「…………そうだね」
meshi娘が立ち上がって、大きく深呼吸をした。赤く腫れた目で、自分の負けが濃厚になっていくディスプレイをしっかりと見つめ直す。
「次は勝つ」
meshi娘は何度でも立ち上がる。それはただ「座っているのが苦手」と言うだけかもしれないけど。俺は編集者として、彼女が立つことを信じていたい。
信じていたいだけなんだ。だから、想定していなかったんだ。
──meshiochi娘が、突如行方不明になることなんて。
嘘のコンテスト20 tale部門4位
第4章:強者の集い、負け犬の遠吠え。に続く。
