プロローグ:空の入れ物
書く、ということについて、難しい理屈を捏ねるつもりはなかった。私にとって、それは呼吸と同義──それをせずに過ごすには、この世界は息苦しすぎる。
それに、私は書くことが好きだった。自分の好きな物語を自分の手で紡ぐことが、それがたくさんの人に認められることが、私の存在意義とすら思っている。
つまるところ……書くのが好きだから、砂箱学園に入学した。理由はそれだけ。慣れないフォーマットに苦戦して初投稿は残らなかったけど、それも関係ない。書いて、書いて、読んで、書く。それは学園に入る前から変わらなかった。
我ながら歪な魂の形だと思う。でも、私はそういう生き物なんだ。馬が走ることを前提として生きているように、マグロが泳ぐことを前提として生きているように。
でも、ある日ふと思った。私がもし、書く理由を全て失ったとしたら。
その時のおれは、それでも書き続けることができるのだろうか。
1章:ルーキー、衝突。
・1節
著者学の編集者として働き始めて1週間。担当著者娘をなかなか決められず、手持ち無沙汰に学園内を歩き回ると、校庭に出てきてしまった。
著者学の校庭を利用する生徒は少ない。たいていの著者娘は教室や図書室で時間を過ごすからだ。だが今日は珍しく、校庭を歩いている著者娘の影があった。
声をかけようとして近づくと──
「スカウトか?」
向こうから声をかけられた。
「おれはmeshiochislash、最強の著者娘だ。フリーの」
どう考えてもダウナー系の服装に似つかない前ステ。こちらが何か言う前に、meshi娘はイヤホンを外して言葉を続けた。
「いまならなんと『ルーキーコン優勝著者娘の編集者』の肩書もついてくる。さあどうする!」
A. 乗った!よろしく!
B.ルーキーコンはまだまだ先だが……?
こうして、meshi娘との学園生活がスタートした!
・2節
meshi娘の担当になって最初の執筆はもちろんルーキーコン……ではなかった。
わけも分からないまま連れてこられたのは学園内の、著者娘が自由に使える休憩室。よく見れば部屋の中にはじらく娘やすて娘などの既に大型コンテストで活躍している著者娘から、vet娘などのmeshi娘やせあ娘ななどの同世代のルーキーまで、一見関係なさそうな著者娘たちが集まっていた。
「てめえら、手伝い連れてきたぞ!」
「でかした!」
「よしさっそく第一回『筐体造り』有識者会議始めるぞ、誰かホワイトボード持って来い」
唐突に始まった会議。ついていけないのでmeshi娘に説明を頼む。
「ああ、これはね。昨日閃いたアイデアをカノンにしたくて著者娘を募集したやつ。今日がその話し合いの初日。つまり祭り!」
「meshi娘さん。元気なのはいいですけれど、カノンの根幹とかは決まってますの?」
「任せろってじらく娘さん、まずSCP-2000を『なぜ』造るのかに目を向けてだな……」
この祭りは三日三晩続いた。無名の著者娘である彼女はしかし相手が誰だろうと関係なく、実に楽しそうに、歴戦の著者たちと議論を交わしていた。
・3節
あれから数日。カノン『筐体造り』の第一矢である『世界を救うための会議』がついに投稿された!
「10UVくらいしたい」
「かっこよかったです」
「今後が楽しみ!」
その反響を1枚1枚紙に書いてこちらに渡してくる、上機嫌のmeshi娘に、しかし一つ聞きたいことがあった。
A. ルーキーコンに出さなくて良かったのか?
B.残るか、不安じゃなかったか?
ルーキーコンは1週間後。ちょっと待てばいいだけだ。
「もちろん!我慢したくないし、何より、おれの作品見て『筐体』に興味持ってくれた人がルーキーコンに出れるようにするにはベストのタイミングだし」
実際、筐体造りの会議参加者は以前より増えていた。
「それにおれは最強の著者娘。今から書いても十分勝てるよ」
まあ、彼女がいいのならいいか……。そう思い、今日も執筆の手伝いを再開した。
・4節
ルーキーコンテストが開幕した!SCP部門は初日から大型ルーキーが登場。meshi娘が狙っているtale部門にもなかなかの強敵が乗り込んできていた。
「相手にとって不足なし、と」
筐体造りの会議もひと段落。先んじて筐体造りでルーキーコンテストに乗り込んだメンバーもいるようで、そちらもなかなかの滑り出しを見せている。
「さーて、やるよ編集者。おれの本領と才能を見せてやる」
その言葉に違わず、僅か1晩でtaleを書き上げてきたmeshi娘。流石は3日でカノンのオリジンを書いた無名の新人、胆力と速さではやはり群を抜いている。その後批評用の「螢の間」で複数人の著者娘に批評をお願いしたが、まさかの「言うことなし」。
「『孤独な人間は生きているとは言えない』、これが俺の、天才の放つ渾身だ」
投稿した作品は大きな反響を呼び、一閃。優勝争いに食い込む暫定2位まで伸びた。
「よーし! この調子で差し切るぞ編集者」
少しvoteを見てから、meshi娘は鼻歌混じりに自室に帰っていく。
──しかし。現実はそう甘いものではなく。下書き掲示板に貼られている2枚の作品とそれらの主たちも、また書き入れ時を迎えていた。
・5節
「提言を書いてきた」
ルーキーコンテスト期間の折り返し。開口一番、彼女はそういった。
提言、001。時にエンドコンテンツとまで呼ばれるナンバー。間違ってもルーキーに向く題材ではないが……meshi娘は、著作も無いのにカノンを立ち上げる常識破りの著者娘だ。編集者はもはやこの程度では驚かなかった。
「査読よろしく。じゃ、おれは寝るから」
一睡もせず仕上げたのだろう、休憩室のソファーで熟睡を始めた。
meshi娘に着ていたコートをかけてやってから、作品に目を通す。王道のストーリーラインでかなり綺麗にまとまっている。しかしSCP部門に既に投稿された作品群を思い出すと、勝てるかどうかは……正直怪しい。
それそれでも、自分はできることをやるだけだ。赤ペンで改善点を書き、起きてきたmeshi娘と話し合い、翌日には提言を投稿した。
やはり、というべきか。伸び率は決して良くなかった。しかしmeshi娘が落ち込んでいる気配はない。送られてきた批評のいくつかにも目を通しはするが、
「うーん、まあ仕方ないな。おれはこれで納得しちゃったし」
そういって、あっけらかんとscp部門を諦めた。
「本命はあくまでtale部門。まあ仕方ないよ、悔しいは悔しいけどね」
彼女が本命というtale部門に、「怪物」が降り立ったのは、すぐ後のことだった。
・6節
その日、学園は揺れた。ある1人の新人が投稿した作品が、爆発的な加速力でtale部門の一位を掻っ攫ったことで。
その著者娘の名を、stengan774。『筐体造り』の時にも協力した、同期の怪物。
「あなたのような新人がいるか!」
「新人です」
そんなやりとりさえかわされたその傍で……meshi娘は、両耳イヤホンで外界を遮断して体育座りをしていた。
「ふふふ……くそう。負けた……」
この圧倒的な得票差をひっくり返すのは絶望的。流石に凹んでいるようだ。しかし、まだ表彰台に入るチャンスはある。それを伝えようとすると、
「いや、これでもう終わりだよ」
涙目でこちらを見る。その他には批評用の付箋が握られていた。
vet娘。stengan娘と同じく筐体造りを共にした、新人にも関わらず一作目で大きな反響を──"会議"を超える反響を呼んだ、同期の超新星。彼女が投稿した記事への、丁寧な批評だった。
そしてその記事はとうとう投稿され……meshi娘の記事を、見事に抜き去っていった。
そしてルーキーコンテスト終了後、meshi娘のtale部門最終順位は5位、SCP部門は14位。GoI-Fも書いたが、低評価により「嘆きの壁」に行き、そして消された。結果、表彰台に残れないまま、無常にも投票期間を終えることになる。
表彰式が終わった後。meshi娘と二人きり。何も言わなかった。言うべきではなかった。なぜなら。
「…………次」
meshi娘の眼は完全に光を失っていたし、心は折れているように見えたが──その右手は、ずっとペンを握っていた。
「次のコンテストで、全員ぶっ倒してやる」
第二章:支柱、砕けて。へ続く。
