第二回 - 700字文体シャッフル特別企画
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Ruka_Naruseの研究レポート

「やあ諸君。私はRuka_Naruse、諸君らが知っての通り本研究室の主任をやっている。大祭続きで疲れているだろう所を御足労頂いて感謝しているよ。私かい?すまない、研究が佳境でね、春大祭には顔を出せなかったんだ。夏には間に合わせるとも」

郊外にポツンと聳える白壁の塔、"有益かつ前例なき物語企画研究所"。この創作家の国により豊かな創作活動を届けるべく日夜研究が繰り広げられている。

「さて今回諸君を集めたのは他でもない、私の研究に付き合って貰う為だ。だが……その説明の前に、少しばかり昔話をさせて欲しい」

桃色のメッシュを入れた長髪の男は勿体ぶった口調で語り出し、デスクの周りをふらふらと歩き回りながら視線を遠くに遣った。

「ここに集まった諸君の中で、文体企画が遥か昔、500字の企画であった事を知るものはどれだけいるだろう?……ふむ、半数ほどか。ありがとう、手を下ろしてくれて構わない。その昔、文体企画は今日のように国を挙げて執り行われる大祭ではなく、ある男が村興しに発案した遊戯に過ぎなかった。その男こそがmeshiochislash、我らが初代国王だ」

男は部屋の一角に飾られている額縁に視線を向ける。そこには若かりし頃の初代国王の肖像画が飾られていた。

「村が国となり、500字という法が枷となった時、かの国王は700字という新たな法を設けた──その700という文字数が、"文体"を国技として完成させるという確信と共に」

男は"第一回 - Pray祈り"と刻まれた盾を棚から取り出し、デスクに掲げる。しかしそこに初代国王の名は無い。

「しかし、果たして本当に700字こそが真理なのだろうか?確かに700字という新たな秩序を得た文体企画は急速な成長を見せた、だがそれで我々は満足していいのだろうか?かつてmeshiochislashを討ち倒し君臨した文体王、SuamaXの絶対王政でさえついには新王Kiygrの前に崩れたのだ。我々は今こそ、常識という楔を引き抜く時が来たのではないか?」

男は語るうち言葉に感情が乗り、語調が次第に強まっていく。幅広の茶封筒を取り出すと、それをデスクにダンッと叩きつけた。その勢いで中から原稿用紙の束が顔を見せる。

「察しの良い諸君なら、もう私のしたいことは解っただろう。ここにあるのは10枚の文体作品──その文字数、実に2000字だ」

集められた者達が一斉にどよめく。貴方達が身構えていた文字数をずっと上回るそれは貴方達を困惑させるに十分だった。

「今回はこの眼に宿る完璧で究極の審美眼アカシック・ブンタイ・アイに基づき独断で選出した4人の他に、春大祭・ショタコンにて目覚ましい活躍を見せた者達の中からも5人の書き手を選ばせて貰った。つまり作品の完成度は折り紙付きと言って差し支えない。諸君にはこれらの作品の主を当ててもらう。ああそうだ、残りの1作は私が書かせてもらったよ」

茶封筒から取り出した原稿用紙はそれぞれ5枚1組にされている、間違いなく2000文字詰で仕上げてきたのだろう。貴方は自分の生唾を飲み込む音が嫌に大きく聞こえた。

「普段の文体企画に増して苦戦を強いられるかもしれない、或いはセオリーが打ち砕かれ辛酸を舐めるかもしれない。だがきっと諸君なら光明を見出してくれると、私はそう信じている」

男はシャルトリューズイエローの瞳で貴方達の目を順に真っ直ぐと見詰めていく。それは貴方達"当て人"への妄信じみた信頼か、或いは己が研究を極める事への貪欲さか。"正気じゃない"、貴方の喉元まで出掛かったそんなチープな言葉で非難することが憚られるほどに、そのまなこは誠実だった。

「是非とも文体の"可能性"を見せてくれ給え、期待しているよ」


──有益かつ前例なき物語企画研究所Beneficial and UNprecedented TAle events Institute


レギュレーション: 1400~2000文字

テーマ: 【欠落】

開催日程: 6/23(金) ~ 6/26(月)【4日間】



可能性の提示

この作品の作者は k-calk-calさんでした!
予想結果: k-cal×10, EianSakashiba


 私の腕に居ついた、一匹の野蛮で原始的な蛆。その肌は下水に浮かぶ油めいて白濁し、艶めきを失った黄麻の唇は非力に震えていた。私を見上げる暗い瞳は、かつては幾多の腐肉を切り裂いた黒曜石の刃だったのだろう。だからこそ、それはすっかり腐敗に侵され、膿み、濁っていた。
 蛆がいつからそこにいたか、定かではない。それはずっと、皮膚を食い破ることもなく、ただ腕の上をうろちょろとしているだけだった。焼き固められた粘土質を食い破るだけの顎を持たない、あまりに小さな蛆。そういうものにとって、私の上辺は硬く、寄る辺に向かない性質だったろう。だけども蛆は何日経っても私の皮膚を離れず、私はそれが可笑しくて、そうして蔑みを込めて、ときどき指先でその蛆を転がし、弄んでいた。それでも蛆は、私を去ってはいかなかった。
 私が蛆を気に留めるようになってしばらくの後、喧しい蚊が飛んできて、私の皮膚に極小の穴をあけた。酒を飲めば忘れてしまえるほどの、とても小さな穴。だけどもそれは蛆にとって、よほど大きく見えたらしい。私が蚊の死骸をどけるや否や、その穴をめがけて、蛆は一生懸命に這ってきた。
 私はすぐに合点がいった。なるほど、ここから中に入って、私を食い荒らそうというのだな。それならば、お前が必死にその顎に力を込め、やっと頭がねじ込めるくらいの大きさにまで穴を押し広げたところで、その浮腫がネジのように巻きついた体を摘まみ上げ、地面に叩きつけてやろう。そうしてお前は、のたうつ余力もなく、見向きもされず果てていくのだ──
 案の定、蛆はなんとか穴に辿り着くと、その頭をゆっくりと擡げた。予想と違わぬ展開に、口角がつり上がっていく。蛆の頭が振り下ろされ、その口元が私のささやかな空隙に触れる。──だが、予想したような痛みはなかった。侵略もまたなかった。代わりに、僅かな温度があった。
 蛆は穴を押し広げ、入り込むことなどしなかった。ただその口元で以て、謙虚に傷口を覆った。震えながら、暖かく、時間を止めて──予想外の行動に私が顔を歪めると、蛆は慌てて顔を私から離し、視線を避けるように腕を右往左往し始めた。穴とは距離を保っているが、何度もぎこちなく穴の方に目を向けている。
 私はどうしてか、そっと二つの指で穴を押し広げた。皮膚が裂けて、蚊の吐いた麻酔、透明、淡い紅が混ざって漏れだし、溶けたステンドグラスのように肌へ広がる。怪訝に私を見る蛆へ、私は初めて「おいで」と言った。僅かな逡巡のあと、蛆は薄く張った紅を押し分けながら傷口へ近づいて、今度こそ頭を穴に突き立てた。体をねじりながら、蛆は私の中に入っていく。ずっと遠ざけていた深い痛みと熱が作り出す非現実感の中で、広がった紅とその中に突き立った蛆が、夏風に吹かれるアンスリウムのように揺れていた。
 それからというもの、蛆は私の乾いた表皮を噛み砕き、その下の腐肉を啜りながら、少しずつ大きくなっていった。彼女が空けた穴を彼女自身が埋め、時折その隙間から入る風が私を凍えさせ、その凍えが久方ぶりに私と外界とを直接に結びつけ、そして外界からの凍えと彼女からの温度が、熱均衡に至っていた私の体内に再び対流を与えた。
 この奇妙な共生がしばらく続き、対流も穏やかになったころ、私は、彼女がほとんど動かなくなっていることに気が付いた。しかし、私はそれに気付かないふりをした。やがて彼女の動きはどんどん鈍っていき、薄い膜が彼女を覆った。すぐに膜は厚くなり、私はもう彼女を見ることもできなくなった。それでも、私は何もしなかった。──何もしなかったのだ。そうして順当に蛹となったあなたは、静かに私の腕から零れ落ち、消えた。私の腕には、穴だけがぽっかりと空いていた。
 今や、あなたの居た大穴の表面はすっかり塞がってしまった。だけども内側には、何もない空隙、進んでいく渇き、曖昧な凍えが居座っている。時折ひび割れる音がして、内に内に、その穴が広がっていくのがわかる。いつか、私の中身はすっかり穴に取って代わられてしまうだろう。そうなる前に、何かで私を満たさなければいけない。満たしたいと切望している。だけどももう誰も、外から私の皮膚を穿つことはできない。私が内から肌を破ることもない。傷が塞がるときに、私の表皮はより強固に固まってしまったのだから。だけども、あなたが戻ってきたのなら、あなただけは──
 いや。あの日、私は落ちた蛹を眺めていた。そして、それを破ってあなたが飛んでいくのを見た。やはりあなたは蛆だった。そうしてあの日蠅となり、私の目に焼き付けたのだ。澄んだせせらぎの肌、乙女椿の唇、磨かれた黒曜石の双眸。あなたを遠くへ運んでいった翅は、緑酒が如く、謙虚に精彩を宿して陽光を透かしていた。
 そういうものにとって、私は上辺だけで、寄る辺に値しないものであった。結局、たったそれだけのことなのだ。




当て人 優勝

KiygrKiygr (10pt)

当て人 入賞 (正答率50%以上)

roneatosuroneatosu (8pt)

santousantou, EianSakashibaEianSakashiba (6pt)


文体賞

k-calk-cal, 1NAR11NAR1 (被的中率90.9%)



「ああ、素晴らしいよ諸君!やはり私の眼に狂いは無かった!」

貴方達の提出した答案に黙々と目を通した男は、バッと顔を上げ答案から貴方達へ視線を戻すとギラギラとしたまなこをより一層輝かせていた。

「私は確信したよ、"Over700"は成立するッ!間違いない、この研究は企画を次のステージへと昇華させるッ!」

彼の熱弁が空間にピリピリと反響する。男はデスクの前から貴方達の目前までズンズンと歩み寄っていき……貴方の右手首を握って擡げた。

「私の言いたい事を、諸君ならわかるはずだ。『次は"書き手"にもなりたい』、諸君はそう感じている……そうだろう?」

男の右手が貴方の胸ポケットに延び、そこに挿された一本の万年筆を摘まみ上げると貴方の右手に握らせた。

「やろうじゃないか、公募で!きっとまだ見ぬ世界はそこにあるはずだ……!」

ギンと見開いた瞳で決意を顕にする男。貴方はその瞳に反射する貴方の表情かおもまたそれに随分似通っている事に気付いた。

万年筆を握る手が俄かに力む。


to be continued…


研究所主任 - Ruka_NaruseRuka_Naruse

技術部門代表 - Dr_KudoDr_Kudok-calk-cal

初代国王 - meshiochislash does not match any existing user name