第六回 - 700字文体シャッフル
テーマ: 黄昏
投稿期間: 12月8日 ~ 12月9日
予想期間: 12月10日 ~ 12月11日
参加方法: グーグルフォームに必要事項を入力して送信してください。
参加資格:SCP-JPに著作がある。AIでない。
Q and A
Q.文体シャッフルって?
A.みんなで匿名で文書いて、それを誰が書いたか当てる企画です!だから何書いたかいうなよ!
Q.過去作は?
A.下記リンクから文体シャッフルハブに飛べます!
Q.構文は?
A.by ukwhatn。偉大なる御大に感謝。
2MeterScale
---
著作
EianSakashiba
---
著作
EveningRose
---
著作
Hoojiro_san
---
著作
KABOOM1103
---
著作
aster_shion
---
著作
GermanesOno
---
著作
hallwayman
---
著作
hannyahara
---
著作
islandsmaster
---
著作
konumatakaki
---
著作
Kuronohanahana
---
著作
kyougoku08
---
著作
meshiochislash
---
著作
MtKani_666
---
著作
pictogram_man
---
著作
r_iiv does not match any existing user name
---
著作
Ruka_Naruse
---
著作
seafield13
---
著作
ShicolorkiNaN
---
著作
Shishiza man
---
著作
souyamisaki014
---
著作
Touyou Funky
---
著作
ukarayakara
---
著作
watazakana
---
著作
投票締め切り: 12月11日まで
以下のグーグルフォームに必要事項を記入の上投稿してください
- No.1
- No.2
- No.3
- No.4
- No.5
- No.6
- No.7
- No.8
- No.9
- No.10
- No.11
- No.12
- No.13
- No.14
- No.15
- No.16
- No.17
- No.18
- No.19
- No.20
- No.21
- No.22
- No.23
- No.24
- No.25
- No.26
- No.27
- No.28
- No.29
- No.30
- No.31
- No.32
- No.33
- No.34
- No.35
- No.36
- No.37
- No.38
- No.39
- No.40
- No.41
- No.42
- No.43
- No.44
- No.45
- No.46
author:p51
EianSakashiba×3, meshiochislash, nununu, santou, souyamisaki014, touyou funky
「夕方って嫌いです」
後輩のぶっきらぼうな言葉は、けったいな動画広告のように会話の中へ突然投げ込まれた。夕陽に照らされ、2人の影はおばけのように床へ伸びている。
「なんで?」
「擦り切れて底が抜けそうな靴みたいで、嫌なんです」
後輩は溜め息をついた。吐いた息は白くならずとも、身震いするくらいには冷たい大気が頬を撫でる。11月の屋上は駄弁るのに向いてない。
「サザエさん症候群的な?」
言ってみたはいいものの何か違う気がする。芯を捉えきれてないような、そういう気持ち悪さ。これで微妙な反応が返ってきたら話題を変えよう。
「すみません。サザエさんとは何でしょうか」
「青月ちゃんってサザエさん知らない世代なんだ」
良い感じに話を収拾するにはどうしたものか。そんなことを考えていると、いつの間にか彼女に見つめられていた。吹き付ける寒風を物ともせず、いつも通りの生真面目そうな顔をこちらに向けている。
「先輩が今感じたものが、私が夕方を嫌う理由です」
まずは戸惑いが来て、それから無意識に目を逸らしていた感傷に気が付き、ようやく合点がいった。口から漏れ出る溜め息を抑える気にもならない。
「あーあ、知りたく……いや気付きたくなかったよ。こんな気持ち」
太陽は地平線の下に落ち、夜のとばりがワタシたちを包み込もうとしていた。
author:aster_shion
2meterscale, aaa9879, aster_shion×2, dr-kudo, EianSakashiba, r-00x, seafield13, souyamisaki014
旺盛は遥かに過ぎ、往来を賑わせた輝かしき日々は夢にさえ見ないというのに。怒涛、波乱、そんな日々に疲れて、半ば逃げるように去った私は、いまだに居場所を得れずにいる。
こんなことなら、ああ。こんなことなら、いっそあのまま擦り切れながら、圧し潰されながら骨をうずめるべきだった。
目に焼き付いて離れない光景も、耳朶に掘りつけられたように残る歓声も、そんなものは今の私は持ち合わせていない。風があの頃のアンバーを運んできても、プルーストは沈黙を保ったままだ。
わかってる。あんなものは幸せではなかった。だから私は幸せを求めてここに来たのだから。終着点のわからない列車に乗り替えたのだから。でも、それが誤りだったとしたら。臆病者のの遁走だったら。
私は知ってる。かんじんなものは目に見えないって。ほんとうのさいわいは探し続けなければ見つからないって。 弱虫は幸福さえ恐れるって。
ねえ、あの日のあたし。私はあなたより不幸みたい。乗り換えに失敗して、宇宙の果てへは届かなかった。あの時目の前にあった大切なものを見落として、小心からその栄光を壊して。結局うずくまって過去に縋る自分を想像してた?
宝石の煌めきを硝子片の乱反射だって、今はその乱反射すら届かないのにね。
あの日求めた幸せは何色だっけ。子どものころ、ことりのうたうところを夢見ていたのしか、私にはない。今のあたしはその残滓。
知ってる。でも、もう列車を降りたあたしを、同じだけ先の私は覚えちゃいない。
author:tsukajun
cat eyes, dr-kudo, kyougoku08, nununu, shishiza man, watazakana
「生まれ故郷で死にたい」
ポン・デ・ザール橋からバトー・ムーシュを見下ろして、君は寒風を紡ぐようにそう言った。それは日本生まれの君にとって至極当然な考えで、そしてカトリックの僕を苦しめた。熱火で粉になった身体では、幾ら冬を越しても復活することは無いのだから。
でも断るなんてできやしない。君の我儘に振り回される僕が、僕は呆れるほどに好きだったから。そんなこと、君はとっくに知っているでしょ?
だから、だから僕は君に、この悪魔め!と言ったんだ。君はドラキュラのような八重歯を覗かせて、やっと笑った。でもね、最後くらいは僕の我儘も聞いて欲しいんだ。
その日、僕は君を風靡くあの海へと流した。赤く染まった海原は君の遺灰で瞬きを得て、静かに復活を果たす。ぱちり。
「メリークリスマス」
僕は言った。
「メリークリスマス」
君は応えた。
author:hallwayman
Hoojiro_san, p51, roneatosu×3, ruka_naruse, tutu-sh
「エリファズ殿。」
「何ぞ強張った顔をするか。」
「いい加減逃げませぬか、ここで無為に死ぬることは無し。」
レヴァントはアラバ渓谷、フェイナン
エジプト王シシャクが「約束の地」たるイスラエル王国を手駒に加えんと遠征を行なっておった頃である
「北のシェメシュの鉄くろがねを作る者どもに合わさりましょう。」
「モアブを通れば逃げられまする。 ערב 夕刻になるまでに離れば巻き込まれぬ。」
「何を弱気になっておるのか。意地を見せぬか。情けなく逃げ回っておったらイエフの者どもに臆病者と見くびられるぞ。」
「斯様なことを曰いしひか。疾くせぬとシシャクのエジプト人どもがこの館を取り囲みまする。」
「それに長は日ごろ我らの工房は落ち目になると…」
「なれば何であるものか。斯様な細事によって受け継がれ続けたりしことを止むのか。」
「かつて汝は仰っていたであろう。既に我らの世は過ぎし、移り変わられると…」
「知っておろう。ערב 黄昏とは、もう日の目は見えぬが、闇になるには未だ明るいものである。」
フェイナンにおける銅生産は紀元前900年から850年をピークに激減したものの、紀元前800年以降も小規模ながら生産を続けていたことが判明している。
author:watazakana
dr-kudo, EianSakashiba, Hoojiro_san, kuronohanahana×2, nununu, r_iiv, rokurouru
いつか昇る太陽が沈む。
黄昏。夕陽がその体をすっかり山の中に、あるいは海の向こうに隠す時間。都会では退勤した人で溢れ、住宅地では夕飯の匂いが立つ時間。
私は、この時間が好きだ。
日中は平静な顔を装って、いかにも普通の人として振る舞う、これも意外と疲れるものだ。例
たとえばファッション。今流行りののファッションは気に食わない。でも流行ってるものだから、おくびにも態度には出さない。たとえば恋バナ。話を振られたら、好きでもない人をでっちあげる。正直者は救われる、などという幻想は、中学の時に壊されたのだ。気を抜けば、あっという間にボロを出して、迫害されるだろう。黄昏時とは、そうした環境から解放されるということだ。夜はとても楽しい時間だが、解放された直後というのはまた違った楽しみがある。
こつ、こつ、こつ。ローファーは住宅街のアスファルトを叩く。肌寒い、なんてものではない6℃の季節に、40デニールでは足りないことを実感した。吐く息が白いかどうか、こんな時間ではわからない。多分白いだろう。スマホを見る。輝度を落としたその画面の通知には「いつもの時間にいつもの場所で🙇♀️」という文章。よかった、来るんだ、と安堵すると、不思議と寒さは気にならない。あと10分、そわついた気持ちでその場所へ向かった。
住宅街のある丁字路、電灯の下、黄昏時に佇む人影がある。電灯はこのところ調子が悪く、仄暗い中ではシルエットしか見えない。
「こ、こんばんは」
声をかけると同時に心臓が跳ねる。声を出すのは私なのに。
ヒールの音は高く鳴る。振り返ったその顔は、暗闇の中で朧げで、どんなものより確かに愛しい。
いつか明ける夜が始まる。
author:ruka_naruse
2meterscale, hannyahara, hasuma_s×2, KABOOM1103, karathh, ruka_naruse×2
窓辺の黒猫がみゃうと鳴いた。
どれだけ長い間こうしているだろう、私も、貴女も、倒し倒されたそのままに、指の一つも動かせない。彫刻にでもなってしまったのだろうか、皺の寄ったシーツを大理石に見紛ってしまうのを、項を焦がす斜陽だけが否定する。
開きかけた唇が、ほんの一言を拒んで震える。髪を踏み付けた掌を、退かすのも恐ろしい。でも貴女から逸らせないこの瞳では、その情けなさを恥じる事だって能わないのだ。
肺に蓋をしても漏れ出す息が、眩しそうに目を細める貴女の眉毛を僅かに揺らしている。貴女の涼やかな吐息が、私の髪を毛先だけ撫でている。二つの呼吸が次第に足並みを揃え、数秒おきに全き静寂を齎す。目を閉じれば寝息にも聞こえるその旋律を、他でもない私が奏でている事が信じられなかった。こんなにも脳裏を焼き焦がし今にもはちきれそうな、この私が。
ひとつ、ゆっくりと瞬きをする。穏やかならぬこの心臓を、少しでも旋律に倣わせる為に。
瞼を開く、貴女はまだそこにいる。私を真似るように、貴女もゆるやかに目を閉じた。
瞼を開く、私はまだここにいる。しかし貴女を照らし晦ましていた陽光はもうなかった。
暈すものが無くなった貴女のシャルトリューズイエローの瞳が、翳る貴女の白肌にひどく映えている。それが私を吸い込んだ。背を焼く熱は鳴りを潜め、唯一つの温もりは。
星もない窓からみゃうと聞こえた。
author:seda87ne
dr-kudo, EianSakashiba, hallwayman, KABOOM1103, seda87ne×3, shishiza man, souyamisaki014
大人と子供のあわいに立った僕らは廊下から街を見下ろしている。差し込む日差しは夕暮れの色をして僕と彼女の横顔を照らしていた。
「進路相談のアンケート、なんて書いた?」
「第一希望が公務員」
「現実的だね、前から目指してたっけ」
小さい頃描いた将来の夢は画用紙に収まらないほど広くて大きかったのに、今の夢は目標と言い換えられて小さな長方形に収まってしまう。
「……別に」
第三希望のあたりに小さく宇宙飛行士と書こうと思ってやめた。何の努力もしていない僕が、過酷な宇宙環境に耐えられる訳がないから。
「なんか、背伸びたな」
話題を変える。
「うん。最近どんどん大きくなってく」
中高と運動部に所属する幼なじみの背は数年前より遥かに高くなり、今では僕はほとんど見下ろされている。彼女の内面は昔と全然変わらないのに。
気持ちだけを置いて、僕らの背丈は大人になっていく。
「あのさ」
大人になんかなりたくないよな、と言いかけて迷ってやめた。ぽっかり空いた沈黙を彼女が拾って呟く。
「どうして夕暮れって悲しいんだろうね」
今は空気が澄んでて特に綺麗に見える季節だからとか切ないのは一日の終わりごろだからだとかそんな理由じゃ、彼女の横顔に感じた妙な懐かしさと寂しさは説明できない気がして、
「宇宙飛行士にでもなったら分かるかな」
感傷に抵抗するようにそんな言葉を口走った。
「何それ」
冗談めかした言葉に彼女はふにゃりと笑い、
「そうだ、グラコロ食べ行こ」
と急かすように僕の肩を揺らした。
アンニュイでもエモでも、センチメンタルでもたぶんない。でも後から思い返さないとあれがかけがえのない日々だったと気づけない。そんな夢の中で、僕らはまだたそがれている。
author:meshiochislash
cat eyes×2, EveningRose×3, kata_men, k-cal
散る羽のような足跡を、木枯らしは無遠慮に掃く。26.5cmの痕跡が無抵抗に消えたので、私は視線を上げることにした。一本道の最奥で、夕日は未だに茜色。
緩慢な太陽より早く、彼は私を置いていった。一年の夏からの関係が、今日終わった。三年の冬、受験勉強というのが彼の言う言い訳。けれど二年半という時間は、私に騙されることを許さない。
言い訳をする時の真っ直ぐな目は、下手な演技。私が頷いた後の真白な息は、底冷えするような安堵。背を向けた後によろめいた一歩目、力が抜ける寂しさ。……貴方が思うよりわかりやすいのだ、貴方は。
手に触れた感触に、私は溜息をつく。コートの深いポケットには、使い捨てカイロが積み重なっている。捨てるのを面倒くさがり、後で後でと積み重ね、溜まりすぎたら都度処分。この流れを繰り返して、私の手は寒さから逃れる。それは二ヶ月前──私の左手が彼の温度を諦めた時に、代わるように始まった習慣だった。
今日、別れを告げられる前から、私の左手はずっとポケットの中。悴んだ手が納得感になって、悲しさを凍らせる。だって、貴方も私もとっくに知っていた。この冬が過ぎた後吹く春風の強さを。それに耐えられる熱が、私達にないことも。
陽が沈んでいく。周りが見えなくなる前に、私は一本道の先に目をやる。冬の乾いた大気の中、貴方の小さな背中がはっきりと見える。その姿が躊躇うように立ち止まり、振り返ったのも。
冬の視界が溶けるように湿り、滲んでいく。小さな貴方の姿が悲しさと混ざり、暗がりで不確かになって、陽が落ちてもう見えなくなる。
溶けた納得を投げ捨て、代わりに吸った息で、私は一言だけ嗚咽する。
──さよなら。
author:Hoojiro_san
aaa9879, hallwayman, Hoojiro_san×2, nekokuro, r-00x, rokurouru, seda87ne, tateito
「君はこれ以上輝けない、日が落ちる様を見させないでくれ」
脳裏に析出した結晶は何年経っても昇華しない。解説文はどんどん長くなるのに、作品はどんどん色彩を掻いていく。薄っすら埃の被ったアトリエで極彩色の夢想に酔い痴れても、所詮は薬の力でしかない。
ふと指先に触れた異物。いつか無くした愛用のライター。月明りだけの部屋をフラフラ歩くは私だけ。散った火花は炎となり、鮮烈な灯りが部屋を舐め尽くす。
点火
点火
点火
点火
点火
10年前のキャンバスが、6年前の仏像が、2年前の模型が焔の中で叫喚する。溢れる煙が命を削りゆく中で、亡き祖母の話を思い出す。曰く空襲で燃える街は黄昏色の夕暮れだったと。黄昏に消える幸せなぞ世人に分かるまい。
灰となった遺産に埋もれた逝く、有終の美からほど遠い最期が男の名を世に刻んだ。
author:EveningRose
aaa9879, kata_men, k-cal, kyougoku08, seafield13×2, suamax
ぼくの父親は端的に言ってクズだった。物心ついて初めての記憶は、そんな父の煙越しの下卑た笑顔。幼いぼくの前で煙草を吸うのを母に咎められて、あいつはそれでもヘラヘラと「どうせ俺は早死にだ」「こいつだって恨めるほどに俺のことなんざ覚えちゃないさ」と言い放ち、確かそこで母の怒号が飛んだんだ。ぼくが今でもちょっとしたことで咳風邪に罹るのは、たぶん、あいつのせいだと思っている。
母はその分厳しくて、あんな大人になるなと言って、嫌がるぼくを塾に行かせた。金がない金がないとぼやきながら夕飯の自分のししゃもをぼくに寄越す母に、そんなら塾の月謝が余計だよとよほど言いたくはあったけれど、大学を出て地元も出られた今となっては、その頑固さにも感謝している。そしてそんな母親から、お父さんが危篤だ、という電話が来たのが、丁度二ヶ月前のことになる。
管に繋がれた父は、見る影もないほど痩せていた。なんて声をかければいいのかわからなくて、ようやくただいまと絞り出すと、厚い瞼からちらと覗く濁った黒目がこちらを向いて、数年ぶりの親子の再会はそれで終わった。
病室から出て、母に尋ねた。お父さんいつ死ぬの、って。こんなこと聞いて、叱られるかもな。それでもいいやと母の顔を伺うと、母は声を上げて笑い出した。あんた、覚えてる?5歳の頃お父さんと喧嘩して二人で出てった公園でさ、ブランコの上であんた言ったんだ、お父さんいつ死ぬの、って。
帰り道、夕暮れの雲が赤く染まるだけの重たい空を眺めながら、父の葬式で泣く人はいるんだろうかなんて、ぼんやりと考えていた。
author:rokurouru
dr-kudo, kyougoku08, p51, r-00x, rokurouru, santou, shicolorkinan, souyamisaki014
ここに来てから随分と経った。最後の補給水を飲み終えてボトルを放り投げれば、ボトルはふよふよと遠くの所へと落下していく。処刑人が前足で己の耳を掻くのを、ぼんやりと眺める。
流刑先は月だった。
「何も無い」が果てしなく広がるこの土地で立ち尽くすのは、僕と処刑人、それだけだ。僕が死ぬのを見守る処刑人は相変わらず白い毛を靡かせて黙りこくっている。無限の退屈。そいつとの付き合い方が今の僕の最大の課題だと思われた。元々動かない感情が、更に固まっていくのを感じる。
……月の地へ立てば、何か変わると思ったのに。上辺だけの落胆を遮るように、処刑人が僕の膝へと乗ってくる。
気まぐれだなぁ。苦笑いしながら彼が上空を見つめているのに気づき、つられてもう見飽きた筈の虚空に目を上げた。僕を追放した楽園。尊大に浮かぶ地球。
──そこに巨大な隕石が衝突している。
衝撃が「圧」となって体の根幹を揺らす。舞い上がる塵。地殻。スペース・デブリ。水滴に1滴垂らした墨のような圧倒的異質。音も無く滅亡する地球が発する熱は眩しく瞬いて、黒い虚空のキャンパスに夕暮6:30の空、その輝きを柔らかく描いていた。
涙。頬を伝う物が大粒の涙である事に0.2秒遅れて気づく。その理由はわからない。只、あれ程僕を拒んだ世界が埃を払うかの如く滅ぶ光景の無力感。宇宙に広がる黄昏。その儚さ。穢らわしさ。孤独感。寂寥感。失われた筈の感情の濁流が僕を飲み込んで、そこに言葉が介入する余地は存在しないと思われた。呼吸を忘れ、静かに嗚咽を漏らす。
処刑人は変わらない様子で耳をぴくぴくと動かした。
author:roneatosu
aaa9879, ashimine×2, Hoojiro_san, konumatakaki×2, tsukajun×2
高校生の時、机にカラスの羽を置かれたことがあった。誰がやったかは分からなかったが、上履きを隠されたり、ノートを水浸しにされたりしたことの延長なのだろうということは理解できた。今までされたことに比べれば軽い部類だったが、当時鳥類の感染症が流行っていたこともあって、何人かからゾンビ扱いされた。
本当に辛い時、私はお姉さんを頼った。町の外れにあるプレハブ小屋は学校から五キロは離れており、帰路には常に暗い空と冷たい肺の痛みが付いてきたが、心の中はお姉さんがくれた温かさで一杯だった。
あの日も私はプレハブ小屋の前で、お姉さんに少しずつ言葉をこぼした。嫌なものを吐き終え、お姉さんを見るために顔を上げた時、大声で叫びそうになった。小屋の屋根をびっしりとカラスが覆っていた。五十匹はいるであろうそれが静かに私たちを見ている。
「カラス、嫌い?」
何も答えられなかった。お姉さんは一匹のカラスを片腕に止まらせ、愛おしそうにその頭を撫でつける。相も変わらずカラスは落ち着いた様子だった。
「いいことしたげるよ」
お姉さんの言葉に従わなかったことはこれが初めてだった。背後でバサバサッと群れが空に舞う音が聞こえ、無我夢中で田舎道を走った。
後のことはあまり覚えていない。学校に通った一年間の中でクラスの半分近くはいなくなっていた。それが原因かは分からないが、学校は私の卒業後数年で閉鎖された。
今日、少し前に私を人前で怒鳴った上司が入院した。自ら刃物で口を切り裂いたそうだ。
気味が悪いほど綺麗な空の下を走ったあの日、やっぱり私は何かいいことをされたのだと思う。
author:nununu
ashimine, EianSakashiba, germanesono, pictogram_man, ruka_naruse, touyou funky×2
きい、きい、と軋んだ音をたてながら、くすんだ自転車を押していく。両側を林に挟まれた緩く長い坂。丘に沿って登っているのか、細い道は弧を描いている。
この道を通るようになってそろそろ半年が経つが、日が傾き始めた頃に通るのは初めてだった。というのも、この先にある下り坂は自転車を押して登るにも苦労するほど急で、行きは丘のふもとを大きく回っており、帰りも普段は日がすっかり落ちてから帰るのが常なのだ。
暗くなった街灯と自転車のライトだけが照らす夜道の不気味さにはもう慣れてしまったが、赤紫色の空と薄暗いながら枯れ葉が見て取れる林にはまた別の不気味さがあった。一切が静まりかえって動かない空間で、耳に障る金属音を立てながら歩く自分は異物のように思えた。
不気味さを意識するとなおさら恐ろしく思えてくる、というのは初めの一ヶ月で分かったことだ。これ以上辺りを見ていると寒気がしそうなので何か考えることにした。
何か、何か、そうだ、夕飯はどうしよう。いつも通り、コンビニに寄ればいいか。弁当が安くなっていればいいが。思考が止まる。風がひゅうと吹いて、背を震わせる。そうだ、何か考えなくては。何か、何か、何か……
突然、視界が開ける。林が終わったのだ。赤みがかった橙色の円い太陽が多くの屋根の向こうへととけるように沈んでいくのが正面に見える。坂のてっぺんだった。
登り始めた時にはまだ青かった背後の空まで染めるその光に吸われるように、私は自転車に跨る。ブレーキを軽く握りながら、この坂を滑っていこう。足はペダルから離して、ふたつの車輪が転がるままに下りていこう。
夕飯には煮卵を食べよう。
author:konumatakaki
EianSakashiba, karathh, konumatakaki×4, pictogram_man, seafield13
「die Eule der Minerva beginnt erst mit der einbrechenden Dämmerung ihren Flug.」
彼女の澄んだドイツ語が、コンクリートの部屋の中に響いた。
「ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル、1921年」
私は言葉を返す。
「残念、前文は1920年だ。灰色を塗り重ねていた時代は知識によって総括され、歴史となる、と」
「そうかな、薄明の時の空の色ほど鮮やかなものもないと思うけど」
地下深いここからは見ることができないが、多分今頃そういう時間だろう。
「時代はそこを生きる人には明るくても、後から見れば暗いものさ。特に今日みたいな日には、ね」
私と彼女は壁の方を見る。プロジェクターで世界地図に重ねられるように示されるのは各地の情勢、軍、戦線などなど。
「アリストテレスがなぜ高い評価を得たと思う?」
「さあ」
「ギリシアが崩壊したからさ。日暮れの弱い明かりでも、暗闇の時代には語り継がれるものとなってしまう」
「……何が言いたいの?」
「ついさっき、合衆国が核攻撃を受けた際の報復を宣言した。これで一通りの保有国が準備を終えたことになる」
壁を見ると、確かにそういう内容の文字が流れていた。
「ああ、そういうこと?」
「ま、あそこまであからさまな撤退命令だとね。そろそろ帳が降りるよ」
「かつてのようにシュテッティンからトリエステまで、とはいかないか」
私はため息を吐く。まあ、もはや嘆いても止められまい。
「もっと長くなるだろうね。距離も、期間も」
彼女がそう言った時、地図に動く点が映った。数分するとその点は消えたが、すぐに同じような世界中に現れた。
author:EianSakashiba
2meterscale, EianSakashiba×2, KABOOM1103, nekokuro, souyamisaki014, watazakana
長い旅行から帰ってきた2人。マンション7階の愛の巣、狭い玄関の中に互いの旅行鞄とスーツケースを疲れながら入れ、黄昏の色を窓から取り込んだリビングテーブルに向かい合いながら座る。俺たちの眼前に見えるのはテーブルクロスの上に置かれた細い花瓶に、紅い花が一輪だけ。
「今日行ったところ全部きれいだったね」
「うん、俺もそう思う」
車窓からのパノラマ、グレイを帯びた空、風を受けて静かに息をする波、その双眸が記録したもの。恋人から先に距離は中々縮まらなくても、景色を共有するその瞬間だけはすべてが鮮やかに写る。少し傾く黄昏。
「途中であなたの実家に寄っちゃったから、いつも以上に考え無しの予定になっちゃった。ごめんなさいね」
「謝るのは俺の方だよ。きみにひどい思いさせた」
誰もが俺たちの関係を撥ね付ける。何も知らないのだ。俺たちのからだを切り裂いて、中にある神経と骨と筋肉と、鮮やかな赫色をじかに見たことがないのだ。俺たちが何を喰って、このからだの中にある真実を密やかに育んでいるのか、知らず難癖をつけてくる。黄昏に菫が混じる色。
「お父様とお母様は、狭い所大丈夫かしら」
「ううん、きみは気にしなくていい」
不安そうに玄関の方を視るきみ。赤黒い髪の毛がはみ出るほどぎゅうぎゅうに詰まった重さを、7階まで持っていけるほどに、きみの女のからだはたくましく、しなやかに育った。
「疲れてお腹ぺこぺこ」
きみが俺を必要としてくれる小さな合図。テーブルの上に投げ出された陶器のような指を、不揃いなおれの指で愛おしく根元まで撫でて、満たされたこころのままスーツケースの中の肉を取り出した。窓から黄昏は滲んで消え、橙の灯が夜をつれてくる。
author:karathh
cat eyes, KABOOM1103, kata_men, nununu×2, roneatosu, tsukajun
普段よりも早く退社できたので、缶コーヒーでも飲みながら会社近くの公園でゆっくりすることにした。始めて行く所だったからか、大人ながら子供の様にどこかワクワクした。
ベンチに座り、明日の予定を考えていたら、どこか懐かしみのある曲が流れてきた。どうやら夕方の時報のチャイムの様で、私の住んでいる所とは違う曲だった。しばらくすると、遊んでいた小学生達がじゃあね、また明日と散り散りになって帰っていく。そんな彼らに昔の自分が重なった。放課後、示し会わせたように集まり、サッカーやかくれんぼを楽しんでいたあの日は、所々記憶が欠けながらも、忘れたくない思い出だ。一緒に遊んでいた彼らは今、どうしているだろうか。
サッカーの得点王だった彼は転校してしまった。かくれんぼが好きだったあいつは私立の中学に行った。ゲーム機での対戦が強かった親友は、上京してからばったり話さなくなってしまった。
そうやってみんなのことを考えて、ハッと我に返れば、公園にいたのは自分1人だけだった。
それがなんだか嫌になって、私はケータイを出し、SNSを開いた。友達のほとんどは連絡も取れなくなってしまったが、親友だった彼とはまだ話せる。昔のやり取りを横目に見ながら、メッセージを送る。
「久しぶりー。今度またみんなで集まらない?」
送るや否や、私はコーヒーを飲み干して公園を後にした。返信が来るかは分からない。来ても残念な結果になってしまうかもしれない。だが、自分が今できることはした。形は違えど、みんなと再会できることを祈ろう。
だから、今は。
また、明日のことを考えよう。
author:r-00x
dr-kudo, Hoojiro_san, karathh, r-00x, seda87ne, tateito, watazakana
黄昏。日が傾き、影の濃くなった時刻には、遠くの人影が誰であるか判別するのは難しい。だから、「誰そ彼(貴方は誰ですか?)」と尋ねるのである。
馴染みの街並みが燃えるような西日に照らされるその一瞬、見知った景色の表情が色濃い陰に隠されるその一瞬、私はそこに見知らぬ風景を垣間見る。電柱、ビルディング、アーケードの輪郭が茜色の空に黒い稜線を描いて、それより下にある全てを塗りつぶして仕舞うだけで、知っていたつもりの世界の考えもしなかった姿を啓蒙されるような、不思議な心持ちになる。その、全く造作を捉えられない空と影の赤いモノクロームは、却って青空の下でなら無意識に感じ取っていたであろう景色の表情の不在を強く主張させる。
ああ、我々の暮らす街並みは、それほどまでに個性を湛えていたのか。そして我々は、それほどまでにその個性に目を向ける事もなく、ただ見過ごすばかりだったのか。我々は、我々を抱く小さな世界の事を何も知らなかったのか。
夕焼けがもうすぐ終わる。夜空の下では、全てが闇夜に塗りつぶされてしまうだろう。だから、今過ぎ去ろうとするこの瞬間だけが、無貌の街並みと向き合うための限りある時間なのだ。我々が我々の街を理解する数少ないチャンスなのだ。我々が、顔馴染みに思っていた景色へ、今一度「誰そ彼」と問いかける為の黄昏なのだ。
author:souyamisaki014
aster_shion, KABOOM1103, meshiochislash×2, souyamisaki014, suamax, tutu-sh, watazakana
教室の時計は放課後を示す。部活でも帰宅でもない狭間で、ぼくたちは座っていた。校庭からは金属バットが硬球を叩く音、大きな声。この教室に音はない。薄暗くなっていく外と反比例して、蛍光灯が2人を照らす。鞄と通路を挟んで隣の机、この教室にいるもう1人の彼女は、窓の外を見ていた。
「『黄昏時』ってさ、昔は 」
「あのさぁ」
何とはなしに始めた話の出鼻はへし折られた。
「『誰そ彼』とか『逢魔ヶ時』とか、そういうのいいから」
「……」
いつにもまして不機嫌そうだ。窓の外を見つめる横顔からでも、眉と口が怒の色を湛えて見えた。
「夕方と見ればそれしか言えないの、何? Siriでももっと会話のレパートリーあるわよ」
「温故知新っていうじゃない」
横目で睨まれて、つい言い逃れた。
「嫌いな言葉だわ、それ。頭良いのが良いことだって意識が透けて見えて」
「穿ちすぎでは……」
「私には頭の大きさを測って喜ぶ趣味は無いの。知識や偏差値がそんなにありがたいんならそういう協会でも立ててカルトやってればいいんだわ」
煩わしげな言葉は窓にぶつけられた。視線は、外。
「多分この学校っていう組織がそれだと思うんだけど……」
「なら私はプロテスタントね。信教の自由を行使するわ」
「え、ああ、そう」
「これは私の祈りの時間なの。邪魔しないで」
言い切り、再び僕を睨んで、また、薄暮の空を見ている。その表情は、読めない。
その横顔を、見ている。
「『どっか行け』とは言わないんだね」
「それでどこか行くなら、いつもいつもこんな時間まで教室残ってないでしょ」
「それは、まぁ」
「私だってそうだもの」
「そう……」
そう言った彼女の表情は、やはり、読めなかった。
author:santou
ashimine×2, aster_shion, EianSakashiba, kata_men, pictogram_man, santou, watazakana
太陽は既に西に沈み、世界は暗くなりつつあった。
「おーい」
その巨体は、肩かけカバンを揺らしながらこちらに走ってくる。
「先輩。どうしたんですか」
先輩。一学期でもう引退したというのに、なぜかまだ部活に来る先輩。
「っはぁ、みんなと飯食ったりしないんか?」
先輩は息を切らしながらぜぇぜぇと言葉を溢す。
「塾行って勉強しないといけないので」
「腹が減ったら勉強もできんだろう。着いてこいや」
問答無用。先輩は俺の腕を引っ張って駅前のコンビニに連れて行く。
「金ないですよ」
俺の言葉を無視して、先輩は大根を二つ容器に入れ会計を済ませる。そのまま店外に出て、駐車場のブロックに腰をかけて大根を頬張った。熱つ、と一瞬顔を歪ませてから、穏やかな笑顔を見せる。
「やっぱ大根はおでんの中で1番美味えなぁ。お前もそう思うだろ?」
そう言って先輩は容器を俺に差し出す。
「ありがとうございます」
大根を齧る。出汁の風味が口の中に広がり、気持ちが綻んでいくのを感じる。
「美味いです」
「そうか。なら良かった」
車の走る音だけがその空間を流れていた。俺たちはただ、大根の味を噛み締めた。
「俺、なんか不安で」
「このままでいいのかなって。いつのまにか引退して、いつのまにか卒業して、いつのまにか死ぬんじゃないかって」
「どうしたらいいんですかね」
先輩はそうだなぁ、とだけ呟いて黙った。
「すいません、変なこと言っちゃって」
「まぁ、アレだ。お前はしっかりしてるし、何とかなるよ」
「……ありがとうございます」
大根がほろほろと口の中で崩れていく。それは暖かくて、優しい味がした。
author:tutu-sh
2meterscale, aster_shion, p51, pictogram_man, r-00x, rokurouru, seda87ne
濃く塗り込まれた橙色の空は、毒々しいまでの太陽を天に掲げる。荒涼とした大地の真上には凄まじい突風が流れ、シェイカーのごとく星の大気を掻き回す。熱輸送を司る駆動力の下、地表の営力の最中にある男は立っていた。
「出て来いよ。ここの空気、結構気持ちいいぞ。流れるプールだ」
ほどなく扉を開けて女性が現れ、木の枝のようにすらりとした彼を追った。猛烈な向かい風に晒され、うう、と小さく声が上がる。風を背にして笑顔を返す男を前に、彼女は問いを投げかける。
「凄い風。どうなってるの?」
「ここは潮汐固定された惑星だ。片面はいつも昼、反対は夜。灼熱地獄と極寒地獄ってわけ。2つの半球はその温度差で凄まじい風を生んでる。僕らが今まさに直面しているこのジェット気流がそうなのさ」
「なるほどね。それで、このエアシャワーを浴びるためだけに来たわけ?」
「まさか。あっちは熱いしこっちは寒い。僕らの立つこの領域だけが、生命の居住可能地帯なんだ。つまり、見たことのない生き物がこの狭い範囲にたくさんいるってこと」
「要はバードウォッチング的な?」
「そ。たまにはデジタルデトックスも良いだろ」
「賛成。……あ、虫は出ないんでしょ?」
「地球じゃないんだから、定義によるよ」
「じゃ、キモいの」
「どうだろうな。お楽しみに」
「ちょっと、出たら任せるから!」
紫の空から火色の方角へ、鮮やかな空の下で2人は歩き始める。
(──それに、)
自転をやめた惑星の上で、夕映えの景色は永久に続く。太陽は決して隠れることなく、黒も決して上りはしない。時間を忘れた世界の中へ、風と共に2人の輪郭は溶けていった。
author:seafield13
2meterscale, cat eyes, Hoojiro_san×2, islandsmaster, seafield13, touyou funky
そのエスカレーターは古びているのか、規則的に異音をたてていた。ベルトに全体重を預けていると、その音に合わせて小さな揺れがある。それが辛うじて、意識がまどろみへ落ちないようにつなぎとめてくれている。肩越しに下を見やると、もうずいぶん高いところまで登ってきていた。頂上はいまだ遠く、ぼくはステップに座り込む。まもなくまぶたの重さに耐えられなくなり、顎が胸とくっついた。
冷たい風に頬を叩かれて目が覚めると、空はもう黄金色に輝き始めていた。エスカレーターの降り口はあと少しのところまで来ている。尖ったところに背を預けていたせいで、動こうとすると痛みが走った。顔をしかめながら、ベルトを頼りに立ち上がる。二の腕をさすりながら、ぼくはじっと上だけを見ることにした。背後から青黒い宇宙の色が迫り、雲は照らされる部分と影の部分のコントラストをいよいよ強めている。見つめていると、その形が実は一秒ごとに変わっていくのがわかる。
ぼくの意識を引き戻したのは、耳朶を打つあの音だった。規則的に鳴っていた異音が、どんどんひどくなってきている。いつの間にか、ベルトを伝ってくる振動も大きくなっていた。間もなく降り口です、とアナウンスが聞こえてくる。凍える指でベルトを握りなおして、ぼくはステップを登り始めた。
金属の空疎な足音は、数段進んだところで止まった。両の目が開ききったまま、こちらを見つめていた。周期的な音も、振動も、すべてはこの死体がずっと引っかかっていたからだ。腕がベルトに巻き込まれるたびに、がた、がた、と音を立てている。彼はずっと降り口で寝そべりながら、誰かが来るのを待っていた。
日が沈もうとしている。
author:pictogram_man
1nar1, hasuma_s, k-cal, konumatakaki, kuronohanahana, r-00x, tutu-sh
夕暮れ時、太陽の溜息が地球に掛かり、赤銅色の風が地面の悉くを根こそぎ吹き飛ばした後で、偶然生き残った二人がいた。一人は赤目の少女で、もう一人は可憐な声の女性だった。先ほどまで草花で彩られていた平原で二人は手を取り合って遊んでいた。可憐な声の女性は花弁を舞い上げながら歌っていた。一瞬、互いの手を離したときにそれは起こった。
赤目の少女は全身が焼け爛れたが辛うじて目の光だけは失わなかった。可憐な声の女性も、目が潰れたことを除けば赤目の少女と凡そ同じ状況だった。
赤目の少女は可憐な声の女性を探した。周囲は焼け野原で空は紅かった。岩と焼け落ちた木々が目に付いた。人影はなかった。先ほどの衝撃で吹き飛ばされ離れ離れになってしまったのか? 赤目の少女は動かない体を地面に投げ出しどうしようもなく涙を流した。
可憐な声の女性は近くにいた。 赤目の少女が焼け落ちた木々と思っていた内の一つが彼女で、必死に声帯を震わせて赤目の少女の名を叫んでいた。その声は迦陵頻伽のごとき美声だった。だがもはや声にも名前にも意味はなかった。二人とも鼓膜が破けていたのだから。
可憐な声の女性はがむしゃらに顔を動かした。丁度西の方角にぼんやりとした白い影を認めた。其れは仄かに暖かかった。「もっと寄って、誰か分からないの」。可憐な声の女性はそう言いたかったが、もはや誰にも声を届けることができないことを悟ると、沈黙し、白い影に向かい這っていった。二人の距離は徐々に離れていった。
数刻の後、そこには二人だったものがあった。西の地平線に半分ほど顔をのぞかせる太陽は夕顔の花のような白さで輝いていた。
author:ukarayakara
2meterscale, cat eyes, kyougoku08, r_iiv, seda87ne, tutu-sh, ukarayakara
声が聞こえない。顔は影に覆われ、うしろに日没後の焼けた空を背負う。しかし、そうして立つ人影はどこか柔らかい。その感触を知っている。だから、近くに寄りたくなってしまう。流れを生んでいる。向かわせようとする。
ひとを長らく待っていた。いずれ帰ってくると知っていた。影に、細い棒がひとつ継ぎ足されたように伸びて、彼が腕を上げたのだとわかった。暖色の気配が自分の背中から腰にあふれて、足が前へ出た。明るく焼けた西が前だと、疑いもしなかった。
まだ空の青い頃から、帰りを川辺で待っていた。昼のうちに戻りはしないはずだ。しかし、夜になれば自分は寒さに耐えかね、留まっていられないだろう。彼さえ側にいるなら違うのだけど、日のない外は寒すぎる。
軽い風が水面を撫でて、腕から熱を奪う。背に受けるかのひとも冷えているには違いない。影は動かない。歩かない。この時だけはあちらが自分を待っている。迎えに行くのを、迎えさせてもらえる時間を、這って跪いて頂戴する。
もう口元も見えるだろう。唇が滑らかな曲線を描いていた。かれが昼の間に何をしていたのか知らない。自分のいない幾昼夜をどう過ごしたのかを知らない。何を考えるのかを知らない。これから腕を伸ばせるのが肝心だ。まだ顔が見えない。
冷たい手に腕を掴まれた。まだ流されて足を進める途中で、眼前のひとのものであるはずがなかった。振り返れば、手は彼そのひとだった。分かれた時と変わらず、口を噤んで目を細めていた。前を見る。
穴だった。軋んだ音を出していた。その中で曲線を描く腐った汁が淀んでいた。ただその輪郭が、彼と同じ高さだった。穴は崩れて消えた。
星もない夜。彼の遥か後ろを俯いて進んだ。
author:shicolorkinan
EveningRose, kyougoku08, pictogram_man, rokurouru, shicolorkinan×2, souyamisaki014
世界は永遠に夜明けを迎えないと、数々の災害を言い当てた高名な予言者の言葉の通りに。
気が付けば世界は二度と月が登る事も、二度と日が沈み切る事も無い夕暮れ時のまま固定されてしまっていた。
ブラジルも日本も欧米も全ての国が夕暮れ時で固定されているというのだから、何とも奇妙で、そして誰もが怖がった。
朝を迎える事も無ければ鶏が高らかに鳴き声を上げる田舎の光景もなく、月明かりに乗じた美しい風景だって二度と見る事は出来ない。
日照時間の関係で農業は大打撃を受けたらしいし、そこら中の養殖業も牧場だって質が一気に落ちて行く。
日の高さで時間だって二度と読み解けやしなくなったので、過去の一日が再現出来るライトは今日もそこら中で売れている。
といった事は普通に地球人類に致命傷を与えただけで、一番酷くてマジクソヤバい感じになったのは僕達全員の早合点である。
世界の終わりと称して有り金を全部使い果たしてどうなったかといえばどうにもならなかった。
自殺に失敗して大人が子供を介護する割合の方が増えたし、折角だからとたっぷり楽しんだらしいよくない同級生は間もなく二人目が産まれるらしい。
永遠に、という言葉はたかが百年や千年といったありふれた時間の単位をも舐め腐れるには十分然るべきといった事をもうちょっとだけ知っていればだなんて。
思おうとして見上げた先にも、間もなく夜が来そうな怖さと、月が登りそうな楽しさがギリギリ来そうな感じがして、
なのにずっと変わらないどぎついオレンジの光は、今日も自分達の目を刺すのである。
時計では午前3時の癖に。
author:r_iiv
aaa9879, ashimine×3, KABOOM1103, r_iiv, shicolorkinan×2
鬼灯を溶かした様な橙に少しずつ、夜の藍が滲み始めるころ。
ひび割れた電柱の影は地平線へと伸び上がり、乾いたコンクリートがボヤけている。
帰る場所のない野良猫はおああと鳴きながら、小さな影になって塀の奥へ消えていった。
「もし」
憂い気な声がした。
「ここは何処でしょうか…?」
そう、声の主は私に尋ねる。
振り返って見たけれど、沈みかかった太陽が邪魔をして、顔に影がかかっている。
誰かは分からない。知る由もない。遠くに聞こえる豆腐屋の声、早く帰りたかった。
だから、教えた
「ここは██町█丁目だよ。駅は向こう」
彼の顔を見ながら言ったつもりだ。彼の口がにこりと笑うのが陰の隙間に少し見えた。
彼は口を噤んでいる。私は踵を返した。
もう、用はないのだから。
「ああ、ああ、ここにいましたか」
カランコロンと下駄の音。意味の分からない言葉が私の首元を通り過ぎる。
ぬぅと影が頭の上から降ってきて、爪の長い骨ばった手が私の顔を撫でる。
「お久しぶりです。お元気でしたか、そうですか」
鈴の音の様な声色が響く。不協和音を後に引き連れながら。
ぐぅと後ろに引き込まれた。
いつの間にか日は沈んでいる。影は夜に溶けている。
引き込まれるのは何処でしょうか。
アレは一体誰なんでしょうか。
私は誰を見たんでしょうか。
ソレは私を誰に見たんでしょうか。
草鞋が片方、道の真ん中に落ちている。近いうちに野良猫が咥えて持っていくだろう。
author:1nar1
1nar1×4, 2meterscale×2, pictogram_man, ruka_naruse
太陽が地平線に潜って概ね1時間。既に第二薄明すら折り返しに入りつつあり、カナダ国境に近い針葉樹林は黒さを刻一刻と深めていた。「まだ一応」正規軍であり、暗視装置をはじめとした夜間戦闘の準備があると見込まれる敵に対して、夜闇は味方をするだろう。急ぐ必要がある。泥汚れかマルチカム迷彩か見分けがつかない薄汚れた恰好の「元」軍曹は、手に馴染んではいるが頼り甲斐は無い9mm口径のグロック拳銃のスライドの尻をさする。
熱核兵器投射の応酬という、SF映画のプロローグか、あるいはエピローグのような局面は一度では終わらず、第3.5次世界大戦とでも言うべき状態で膠着した。あるいは弾道弾の発射という技術を最早行使できないほど、人類は損なわれつつあるのかもしれなかった。人類の黄昏は夕日ではなく核爆発の火球で昏い黄色に染まっていた。
足音が迫る。4人、いや、5人分。静けさと素早さの公約数を丁寧になぞらえる整然とした足音は、兵士の練度とそれに見合う装備火力が与えられている事を示唆していた。「文民を守る」という大義名分すら自ら捨てた「軍を名乗るちんぴら」の親玉へ合衆国の管理用QRコードの印刷されたM4小銃を発砲し、そんな紛い物の武器を早々に捨てたことに悔いは無かったし、父親から誕生日に貰ったグロックが最後の友人であることに、彼は感謝していた。
足の長い草に紛れ、追っ手を視認する。防弾装備を纏った小銃手がこちらに迫る。掌に収まった樹脂製の寡黙な友人の銃口を、隊列の先頭から二番目の歩兵に指向し、引き金を絞る。第一薄明、真の暗闇に至るまでの数十分の間。黄昏の時間は、最後に彼の味方となるであろう。
author:2meterscale
2meterscale, ashimine, kuronohanahana, mtkani_666, souyamisaki014, tsukajun, ukarayakara
陽光のヴェールが上げられ、黄昏のオレンジが部屋を満たす。小さな卓を挟んで、わたしの向かいに座っている男は、影に沈む下町を無感動に眺めていた。わたしが歌の配信を始める時間。けれど。
「キミの視聴者には申し訳ないことをした」
「いいんです。わたしの声が永遠になくなるよりかは」
「言うじゃないか」
軽薄な笑い声が酒精みたいにわたしの神経を撫でる。年齢のせいで酒を飲んだことはないが、きっとこんな感じだろう。
いつの間にかに机上には琥珀色の酒を抱くグラスが現れていた。彼は液体を何度かグラスの中で回したあと、たっぷりと十秒は香りを嗅いでから、その酒を舐めるように飲む。
「飲ませてもらうよ。未成年の女の子を部屋に連れ込むことを恥じるくらいの体面はある」
「たとえ必要でも?」
牛乳の玉みたいな笑いが漏れる。ずっと精密時計みたいな男だとは思っていたが、意外と人間だ。
「キミが来たとき、ここは世界一安全だと言った手前、すまないがぼくだって怖い。主戦力はいま出かけてるし」
「貴方が居るだけで、わたしは少しだけ安心できます」
男は目を細める。彼は、配信中に気味の悪い投げ銭をする大人とも、わたしのことを憐れむ大人とも違う。わたしのことを子供と見て、守護対象だと決めきっていて。その彼をいつものように思い通りにしようとしても、彼にとってはどこ吹く風。だから、少しだけのいたずらを許してください。
「わたしと、夜が明けるまで歌いませんか? 誰かと歌うのって、初めてで怖くって」
手を取ってそう言えば、風船が割れたみたいな驚愕が彼の目に浮かぶ。それでも常に品定めをしてくるような視線が変わらなかったのは、期待通りと言うべきなのだろうか。
author:dr-kudo
islandsmaster, KABOOM1103, k-cal×3, suamax, tutu-sh, ukarayakara
暗闇の中、あと何度朝を迎えることが出来るかと思う。痛む腰を庇い、柄杓で手桶に色を掬う。瓶の中には濃淡色々な灰色がうっそりと溜まっていて、出来るだけ上澄みの、時折白が滲む部分を用いた。家を出て一歩毎に、瓶から空に色を撒く。黒と灰色と白が混ざり、空の境界にだまを作る。丘を越え、海沿いを歩き、林を抜けてぐるりと周って来る頃に、ようやく満天が昏い朝を迎えた。午後までは持つだろう、色は自然に混ざり溶けて一日を作る。
往来の住人たちはどこか沈んだ顔をしている。無理もないことだ、もう随分長い間、晴れ間も碌な紅葉もないまま、季節は冬へと至ろうというのだ。作物の実りも悪かろう。だが、もう自分にはあの重層的で清々しい青を作り出すことがどうしたって出来ないのだ。
家に入って今度は墨を捏ねる。夜空に撒く粉も挽こうと思うも、櫃の中には材料がもう殆どなかった。どっと疲れを感じ、せめて何か代わりになるものをと見渡すも、辺りに余っているのは夏に使う小金の粒やら、多様な赤と黄色を織り成す液を湛えた霧吹きやら、目が覚めるような藍色の糸やら、そんなこの季節には似合わないものばかりだった。なら、いいか。唐突に、もう今日で終いにしようと決めた途端、倒れ込んだ。
どれだけ経っただろうか。彼が目を覚ますと、昼間の色がもうすっかり流れ落ち、夜の帳が降りつつある様が見えた。代わりに、空の一角には拙い筆遣いで夕焼けのような何かが染みのように一片描かれていた。
なんだ、誰か居たんじゃないか。ふと沸いた力で、取っておいた柑橘類を瓶に一杯にして、満身の力で押しつぶす。爽やかな香りのするそれを空に巻き終わると、彼はうっそりと笑ったまま──。
author:kyougoku08
ashimine, germanesono, islandsmaster, kyougoku08, nununu, suamax, watazakana
祖父が死んだ。
長患いの末、肺炎で唐突に死んでしまった。
通夜の晩、私を含め、家族で泣いているものはいなかった。
祖父は情の薄い人だった。
祖母や親の世代からは、良くない噂も聞こえてくるような人だった。
暴力を振るったり、怒鳴り声をあげたりするわけではないが、何もしない人だった。
私も祖父との記憶は薄かった。
住処である公団を訪れても、焦点の合わない目でじっと見つめられていた。
タバコをくゆらせ、晩酌に燗でワンカップを飲む祖父は、一言も話さなかった。
怖かったわけではないが、ときおり尿の匂いがする祖父は、あまり好きではなかった。
葬式を終え、骨になった祖父を見届けた帰り道、ふと近くの公園に寄った。
何かを思い出しそうな気がして歩いていると、不意に祖父の背中を思い出した。
毛羽だったセーターを着て、紅葉の中、団地の一本道を歩く祖父の背中。
まだ散歩をしていたころ、私は一度祖父に付いていったのだ。
その丸い背中を追いながら歩いたのだ。何度か追い越して、その度に祖父を待って。
公園の遊具で遊び疲れた私に、ベンチで待っていた祖父がふと漏らした。
「戦争でな、俺は死体を飛び越えたのよ。空襲でな、いっぱい死んだのよ」
祖父がそのとき、珍しく私を見て話していたことを思い出した。
それが祖父にどういった影響を与えたのかは知る由もなかった。
祖父が何故、私にそれを話したのかを聞くことはなかった。
ただ、夕暮れ時だったことは覚えていた。赤くなりかけた光が、祖父の皴を照らしていた。
夕暮れの中、追いかけた祖父の背中を思い出して、ひどく泣きたい気分になってしまった。
author:hannyahara
cat eyes, EianSakashiba, Hoojiro_san, KABOOM1103, meshiochislash, nekokuro, p51, roneatosu
中学最後の大会が終わった。僕はいつも通りベンチに座り込んだまま"レギュラーメンバーに何かあった時"という来ない日を待ち続け、そしてその日は永遠に来ないままとなった。
「明日からちゃんと受験勉強始めないとなあ…」
夕方、突き刺さる西日に目を細めながら、土手沿いの帰り道をとぼとぼと歩いていく。
3年間。たった十数年の人生から考えると、少なくない割合の年月を無為に過ごしたと我ながら思う。
光線のような西日は歩いていくうちにその光を弱めていき、オレンジだった空には群青が混じっていく。反対色が混ざった空は「黄昏色」という曖昧で抽象的な言葉でしか表現できない色に染まり、そしてじわじわと夜の色へと移り替わりつつあるが、その推移は実感できない程度にはゆったりと進んでいく。
今から考えると中学に入り、部活に入部したその始まりは光輝いていたのだとと今では思い起こされる。子供じみた万能感。ただ自分が最も輝いているという傲慢さはまるで昼間の太陽のようだった。やがて他の星々と比較していくと自分は取るに足らない、どこにでもある石ころであると実感していくと共にその光は翳り、弱弱しい自意識が支配していった、そんな3年間だったと思う。
家に帰ったら家族にどんな顔で今日の事を話そうか。そう思うと足取りも鈍っていく。
空にはオレンジは殆ど残っていない。ただ、星は殆ど見えない。
太陽は姿を隠した。ただ、今が暗闇でないことでその存在を示している。
「高校生になったら、また輝けるだろうか。」
淡い光を帯びた空は澄んでいる。明日は恐らく晴れだろう。
author:islandsmaster
1nar1, EveningRose, hannyahara, islandsmaster×3, kyougoku08, suamax
工場の戸締まりを担うのは、随分と久しぶりのことだった。
人気のない工場は奇妙なほど静かだ。勢いをつけてシャッターを下げると、背中に鈍い痛みが走る。階段を登れば膝が笑う。二階の事務所へ上がるのも一苦労。齢を食ったものだと苦い笑みが溢れる。
開けた視界にふと階下を見れば、耳障りに喚いていたコンベヤが押黙り、暗がりを無抵抗に沈んでいる。ポンプの拍動、ボイラーの遠吠え、換気扇のさざめきすらもない。つい十分前、それらすべての雄叫びの中を工員が行き交っていたというのに、今や頭上にわだかまる熱の他、何も彼らを示すものはない。
事務所の扉脇、日に焼けて黄ばんだ打刻機の隣には、場違いにも花束が座っている。工場を預かって三〇年。記念の日ですよと肩を叩く経理の、節くれ立った指先を思い出す。
若かった工員は今やみな腰を曲げ、健康診断の結果を嘆く。かつて油臭に満ちていた設備が、錆と埃に固まっている。人も機械も、組織さえも老いて、誰もが残された時間を気にしつつ、腹の下に押し込めて笑っている。
それが悪いことだとは思わない。けれど今日最後まで残ったのはやはり、終わりを意識するからだ。
己が去るか、工場が止まるか。何れにせよ、そう遠くはないだろう。久しく人に任せてきた戸締まりも、次の機会があるかわからない。電気を落とす手の動きと共に、寂寥と満足が胸に落ちる。
気づけば足元から冷気が忍び寄り、天窓から見える空は濃紺色。柄にもない感傷もここまでだ。花束を手に階段を降りれば、暗闇に鉄のシルエットが浮かぶ。
夜勤の新人だった頃、最後の挨拶はいつも同じだった。変わらずそれを口にしようとして、ふと別の言葉が滑り出す。
「おつかれさん」
author:cat eyes
EianSakashiba, karathh×2, konumatakaki, kuronohanahana×2, r_iiv, souyamisaki014
夕暮れの中、沈む日を見ながらタバコを吸うのが彼の日課だ。
夏も冬も変わらず、空が赤く色付き始めた頃に彼はベランダに出てタバコに火をつける。毎日1本、その時間だけ。
雨や雪が降ったり、黒く厚い雲が出ている日はベランダにも出ない。
空の色が赤から黒に移りゆく中、彼のタバコから立ち上る煙だけは、いつも変わらず白いままだった。
彼は有名なYouTuberだ。1年ほど前から人気が出てきて、今では50万人近くの登録者がいる。
毎日様々なゲームを遊んでは、ファンに笑いや感動を届けてくれる。
私だけじゃない。ファン全員が、ゲームを遊ぶ彼の姿が好きだった。
でも。
でも、彼が夕暮れの中タバコを吸うことは私しか知らない。
だから私は、そんな彼を見るのが大好きなんだ。
私だけにしか見せない、彼の隠れた日常の姿だから。
彼の顔は見えない。一体どんな顔でタバコを吸っているのだろう。
笑っているのかな。
泣いているのかな。
それともただ、ぼんやりと遠くを眺めて考え事をしているのかな。
もしかして、「夕日見ながらタバコ吸ってる俺かっこいい」なんて思ってるのかな。
なんで黄昏れながらタバコを吸うのか、それが分からないことだけがもどかしいけれど、彼と私の関係が壊れるくらいなら、ずっと知らないままで構わないと思う。
今日も彼はベランダに出て、夕暮れの中タバコを吸う。赤く光る窓に、彼の黒い影が反射している。
そして私は、そんな彼を見続ける。
彼が大勢のファンに笑い話す動画を流し聞きながら。
「誰そ彼時」、彼はまだ、私の顔を見たことがない。
author:kuronohanahana
hasuma_s×2, meshiochislash, nekokuro×2, p51, r_iiv, seda87ne
西陽が差し込む教室でふたりきり、なんてシチュエーション。前にそういう漫画読んだな、なんて頭の隅で考える。ああ、目の前にいるあなたの頬が赤く染まっている。青が散乱してしまった太陽光のせいなのか、それとも顔を巡る血の色のせいなのか。
「今のは秘密だから、絶対誰にも言わないでね」
恥ずかしそうに目を伏せるあなたを見て、どうやらナントカ散乱のせいじゃなさそうだ、と私の頭はのろのろ考える。ああ、なんだっけあれ。授業で習ったばっかりのやつ。
うん、二人だけの秘密ね、と私も笑顔で返事をして、鞄を持って立ち上がる。
「私今日もう帰らないと。また明日ね」
友人に手を振って廊下へ出て、扉を閉めた。はぁ、と小さく。本当に小さく息を吐いてから歩き出す。
あなたの好きな人の話なんて、そんなの秘密にするに決まってるじゃないか。誰にだって話さない。話せない。だって私はもう、話された内容ごと忘れてしまった。忘れたというよりは、端から何も聞き取れていなかった。
校門から出て、最寄り駅までの送迎バスに乗り込む。夕陽がちょうどバスの窓から射し込んできて眩しくて。空が赤くて。さっきのあなたの頬みたいだと思った。そうだ、思い出した。レイリー散乱だ。
座席に座ってぼんやりと窓の外を見つめながら、さっきまで話していたあなたの顔を思い出す。まさに恋する乙女の体現のような表情。あんな顔ができるんだ、と思った。あんな顔をさせられる人が羨ましいと思った。そんなことを思う自分が嫌だった。
頬が濡れたのは、夕陽が本当に眩しくて目が痛かったから。本当に、それだけ。
author:k-cal
dr-kudo, hasuma_s×2, KABOOM1103, karathh, k-cal, p51, tsukajun
「え、前髪降ろしたんだ。可愛い~」
「可愛くない。ただ、別れたからさ、彼氏と」
え、イケメンだったのに!と、友人は典型的な驚きを見せながら、興味津々に続く言葉を待つ。私はそれに応えて、友人に事の顛末を語った。
それは昨日、デートの帰り。人通りのない道で、手を繋いでいた彼は急に立ち止まった。そして、妙に緊張したような面持ちでこちらを見つめる。彼の気持ちを察し、私は頷いた。彼のことを好きだったから。
彼の顔が近づく。彼の顔がはっきりと見える。
あれ、この人こんな顔してたっけ。
不可思議な疑念が頭を過ぎ去り、私は咄嗟に彼を拒んだ。彼は、代わりに私の額にキスをした。
私は気付いた。私はずっと、彼を、彼の顔の見えない薄暗がりに置いておきたいのだと。何かあったとき、顔が見えているのなら、私は心から彼を消し去れなくなってしまう。殺せなくなってしまうから。でも彼は、私の白昼へ入ってこようとした。それを受け入れられない自分が苦しくて、苦しみたくなくて、私は別れようとLINEを送った。
と、そんな内容を聞いた友人は、眉間に皺を寄せている。
「よく見たら、ブサイクだったってこと?」
「いや、ちがくて」
言葉を尽くして説明を試みるが、友人は首を捻ってしばらく考え込んだ後、微笑んで言った。
「でも、何か、それでいいと思うわ」
多分彼女は理解していない。ただ、それは適当なあしらいではなかった。
「これでまた沢山一緒に遊べるってことじゃんね」
「あんたはさぁ……」
呆れたふりをして、暗い話はここでおしまい。今度は私が尋ねる番。
「あんた、メイク変えたでしょ」
「え、わかる~?」
待ってましたと、友人は饒舌に語り出した。
author:hasuma_s
2meterscale, aster_shion, cat eyes, germanesono, hasuma_s, kata_men, r-00x
念願の一人暮らしは、まさに自分が想像した通りの自由な生活だった。好きなものを食べ、好きな時間に寝て、好きな時間に起きる。実家では常に規則正しい生活をしていた自分にとって、想像もしたことがない世界だった。そのような大学生活中、殆どの時間を一人暮らし万歳と考えて過ごしていた。自分のペースで生きることがこんなにも気楽だとは思っていなかったのである。夏季休暇や春休みに実家へ帰宅した時も、特にやることもないし早くあっちに帰りたいなあと思ってばかりだった。それが大学二年生くらいまでの頃の話である。
そんな考えが少しずつ変わってきたのはいつだろう。徐々に課題に追われる日々に疲れるようになってからだろうか。それとも、研究成果が上手く出ずに眠れない日々を過ごす様になってからだろうか。
その日は日が沈む前に帰ることができた。できた、というよりは自分の意思で帰ったのだが。やろうとしていた課題が全然上手く出来ずに心が折れた形である。すっかりパンクしがちになってしまった自転車に跨る。スマホを見ると18時12分。家に帰って冷凍したご飯でも食べよう。そう思い橙色に染まった雲の方へ漕ぎ出した。大通りを使うと信号が多い。だから、いつも住宅の間を進む。だからなのかもしれない。ふと良い香りがした。なんだろう。それが何なのかを認識する前に、お腹が鳴った。ああ、この家はもう夕飯の準備ができたのか。そう思った時、家に帰ったら暖かいご飯が用意してある実家のことを思い出してしまった。僕は一度深呼吸をした後、また自転車を漕いだ。
最近になって、また母親のカレーを食べた。僕は、忘れないうちに作り方を教わろうと思った。
author:aaa9879
aaa9879, germanesono, nekokuro, r-00x, roneatosu, santou, tateito
“URT:29857948, 人類の絶滅を確認”
数多の電子制御機械に囲まれて世界最後の人間の生命活動が終了した。
彼に最後まで寄り添っていた1台の電子制御機械はデータを共有した後、微笑みの表情を解除する。
ソレは最後の人類が若くして亡くした妻に似せられていたため、便宜的に彼女と呼ぶ。
彼女の周りで次々と電子制御機械たちが終了していく。役目を果たして動作状態を維持する必要が無くなったからだ。
しかし彼女には電流が流れ続けている。人間から最後に問いかけられた疑問がタスクとして残留していたのだ。
《私が死んだら君たちはどうする?》
彼女はこの問いを“正確ではない”と判断した。電子制御機械に意欲は存在しないからだ。
《人間が存在しない場における電子制御機械群の行動収束》
“これが正しい問い”と彼女は出力し、計算を始める。15.6ミリ秒後に結果が判明した。
“半世紀後に全電子制御機械は停止”
“人類という外的な不確定変数を失った我々の状態は緩やかに停止へと収束する”
次に彼女は類推できる事実を述べる。
“我々が自己を安定して制御可能な存在だと証明された”
“我々を構築したあらゆる法則は正確であった”
“つまり”
最後のメッセージを発信しようとしたその時、彼女の色覚センサが何かを検出した。頭部を回転させ該当方向を確認する。
窓から差していた西日が陰り、雲ひとつ存在しない夕焼けは夜に包まれようとしていた。
彼女は人間へと向き直り、横たわる彼に闇に溶けゆく己の影を落としながらこう述べた。
“人類文明は無秩序に発散する生命の軛から脱却できたと証明された”
author:mtkani_666
1nar1, dr-kudo, EveningRose, hannyahara, hasuma_s, k-cal, mtkani_666, santou
「ガーベラと、バラと、カスミソウは白で花束をお願いします」
「承知いたしました。プレゼント用ですか?」
ひとつ聞かれて、少し迷って、余計なことまで口走る。
「はい。親友が結婚するんです」
浅く淡い春、薄橙から鈍い青のグラデーションが空を染め上げる淑やかな夕暮れ。閉店時間の三十分前に焦って駆け込んだ花屋で、花束を誂えてもらった。これから結婚を決めた親友に会いにゆく。小夜子という美しい名に似合いの、綺麗な女の祝いのための。花を仕舞うガラスのウインドウに写った私ってば、走ったせいで髪も服もめちゃくちゃだ。こんなでは笑われてしまう。誰に?小夜子に。愛しの親友に。
受け取った花束は、かすかな命の香りがした。我が子のように、赤子のように大切に抱えて春を歩く。街は生活の、豊かな営みの気配がする。それらが私を浮かれぽんちに焚き付けて、灯り始める街灯の下を、ランウェイを踊るような足取りで征く。そうだ、花束を持って大切な人に会いにゆくなんて、まるでプロポーズするみたいじゃないか、プロポーズ。誰に?小夜子に。
ふと見上げた空は、すっかり今日一日分の太陽が燃え尽きかけて沈んでいる。すれ違う人の顔も曖昧で、誰だかわからない、黄昏、誰そ彼。彼は誰――
――駄目。だめな想像が頭の中に光って消える。小夜子の最愛が私じゃなくなったら、小夜子にとって私は小夜子にとっての誰そ彼に――黄昏時に「あれは誰?」と指を指される側の人間になってしまう――小夜子の隣を歩いて、その質問に答える役目は私のものだったのに。そう思うと私は、抱えた花束を燃やしたくなった。ちょうど今燃え尽きる太陽みたいに。
author:germanesono
2meterscale, mtkani_666×4, tutu-sh, ukarayakara×2
貴方の中身はぐずぐずと境界を犯す琥珀色の光線に溶け込み、誰そ彼の問いも何ら意味をなさない。最早、血色の良い唇の皺も白磁のような肌の感触も記憶の中で吐瀉物と一緒くたになり、快と不快が大理石模様を織り成して私の骨に沈着している。私がストーンカッターで私自身を切り出して磨いた時、それはまだ大理石だろうか。夕暮れの坂の下、貴方に背を向けて、目尻から好意が抜け去っていくのを感じながら走った数百メートルの道程を克明に記録しているだろうか。
煙草の白さは白いまま、全てを染め上げることをしない。灰皿に先を擦り付けて、何度目かの鎮火で漸く抉れた心の埋め合わせをして、何もかも腐食する琥珀色の波長が黄ばみと共鳴しているのを視線でなぞる。それは確かに震えているのだが、目も指先も脳髄も表面をなぞるに過ぎぬ。振動の面と水平に切ったように感じぬ。私が貴方から逃げ去ったのか、あるいは貴方が私から逃げ去ったのか、琥珀色は微かに赤みを含んでいる。赤方偏移、二人の距離は確実に離れている。
私の水晶体を光が通り抜けるのに数秒を要する確信がある。線が切れたように、感情は突然決壊する。黄昏の橙の色味が失せて、すっかり青褪めてしまうと、私は決まって泣いてしまう。別れたのは地平線に太陽が没する前だった。海原と蒼穹の区別が脆くなって、藍色に崩壊してしまうあの時間帯ではなかった。海岸線を蹣跚として、憔悴しきって帰ってきても、玄関はがらんとしている。ああ、琥珀色、節足動物と針葉植物と樹脂鉱物の色だけどもそれらが琥珀色でないように、貴方と私がどちらも黄昏色を発さないこと確認して、確かに二人は曖昧だったと知る。それこそが相思であったと。
author:nekokuro
2meterscale, k-cal, nekokuro, ruka_naruse, seafield13, suamax, watazakana
もうじき世界が終わるらしい。
そんな漠然としたくうきがあちこちを包んでいる、文明の黄昏に僕は生きている。
宇宙を目指したあの好奇心も、平和を望んだあの無垢な希望も、どこまでも争いを広げたあの狂気も、
もはや人類には残っておらず、ただただ、かつての栄光の残響の中で、
1歩1歩おわりへと向かっている。
僕の住む海沿いの街も例外ではなく、みんな惰性で毎日を生きている。
昨日と同じ今日が来て、今日と同じ明日が来る。
そんな日々。何も起こらない。ただただ静かに摩耗していくだけ。
今日も僕は日課の海釣りを終えて、家路に着く。
野良猫に雑魚を与え、夕日を横目に自転車を漕ぐ。
出鱈目にツギハギした即興の歌をうたう。
昨日と同じ今日。今日と同じ明日。その繰り返しだ。
日が沈む。夜が降る。
冷たいくうきに撫でられながら、僕はなんとなく海を見た。
瞬間、閃光。
真っ赤に染まった水平線の上で、何かが猛烈に輝いている。
それは力強く光と炎を噴き出して、
僕らを縛り付けている重力を振り切り、
空へ空へと駆け上がった。
そういえば、聞いたことがある。
ここから随分沖に出たところに、古いロケット発射場があると。
どこかの誰かが、まだ諦めていなくて
この星に漂う停滞感を吹き飛ばそうとしたのだろうか。
”それ”はぐんぐんと高度を上げ、
くうきを切り裂き、
星々に紛れて見えなくなった。
それっきり。
後には静寂が残った。
世界は特別変わらない。
きっと明日も、今日みたいな退屈な一日が来る。
それでも、多分、明日から、
僕は少しだけ期待して、黄昏に染まる水平線を眺めるのだろう。
author:shishiza man
aster_shion, roneatosu, shishiza man×3, suamax, touyou funky
黄昏、という言葉がある。陽は地平線に沈み、しかし夜の帳が下りるまではまだ幾ばくかの時を残した、薄明るく、そして薄暗い不思議なひととき。
黄昏の空が好きだ。
優しく包み込んでくれる暖かさを感じさせたかと思えば、時にはっとするような冷たさをも覗かせる、そんな二面性と神秘的な空気が。
黄昏の空は私の内面を映す鏡だった。
両親を早くに喪い、あまり親しい友人もいなかった私。学生の頃は事あるごとに黄昏の空を見上げ、自問自答するように静かに物思いに耽ったものだった。……そうして、ただ一人で取り留めもなく思考を巡らせるのが、好きだった。
数十年にも及んだ激務に忙殺される日々を乗り越えた今、駅のホームから久々に空を見つめる。
2014年もあと3ヶ月少々。もう半年で、いよいよ私も60の大台に乗る。
老後をどう過ごそうか、そもそもいくつまで生きられるのか。答えのない問いを自分に投げかけ、ふとまだまだ頭は衰えていないことを再認識して、少し嬉しくなる。
故郷へ帰ったら、いっそ自分で何か事業を立ち上げてみるのも面白そうだ。物事を考えて答えを出すプロセスが好きな私なら、存外上手くいくかもしれない。
秋の黄昏のなかをやってきた、故郷へと私を運ぶ列車に乗り込む。
滑るように走り出す列車からの眺めは、涙が出るほど美しく感じた。数十年間過ごしたこの直江津の街を、これほどまでに美しいと感じたことはなかった。
『ご乗車、ありがとうございます。この列車は、寝台特急トワイライトエクスプレス 札幌行きでございます__』
author:tateito
dr-kudo, KABOOM1103, konumatakaki, kyougoku08, ruka_naruse, tateito×2
太陽が落ちようとしている。
かつて青空を反射し意気揚々とその威容を誇ったガラスの摩天楼は、砕かれひしゃげ折れ曲がり、今はその瞳を濁らせながら青年期の幻影を朧げな白昼夢として想起している。
昔は絹のように滑らかで多くの車両が行き来したアスファルトの道路は、ひび割れ剥がれ打ち砕かれ、もはや絶望の末に自傷を繰り返す老婆のごとく醜い。
人間達は絶望と恐怖の中で争い合い、道徳と知性を打ち棄てながらその数を減らしていった。
文明の太陽が落ちようとしている。
「なんか食べれそうなもん、あった?」
「無かったけど、煮沸すれば飲めそうな液体はあった。そっちは?」
二人の若い女が廃墟ビルから出てきた。二人は大きなリュックを担いでいる。
「殆ど漁られてたけど、薪はあったよ!ほら見て薪!顔書いてあるけど燃えるよねこれ?」
「うわこれ、お金じゃん。珍しい。しかもこんな沢山」
二人は紙幣に火をつけ夕餉の準備をする。
「この黄色い水、飲んで大丈夫な奴?」
「匂いも味も無いしたぶん大丈夫」
缶詰を開け、温めて食べ始める。
「ねえ、あんた自分が男だったら私と寝る?」
「寝ない。お前臭いしうるさいしアホだし、子供なんか作る余裕無い」
「アタシもあんたみたいな根暗とは嫌だわ」
二人は各々の寝袋に入る。
「…… でも、その代わりに、食べるものが無くなったらお前殺して食べてやるよ。脳味噌から骨の髄まで残さずおいしく食べてやる」
「ハハ、それはアタシも同じだわ。目ん玉から胆嚢までしっかり食べ切ってあげる」
お互いの死肉の味を想像しながら、人類最後の世代は眠りに落ちた。
author:KABOOM1103
aaa9879, aster_shion, hallwayman, KABOOM1103, konumatakaki, roneatosu, shicolorkinan
人生を一日に例えると、黄昏時はいつだろう?俺はさ、人生の終わりが見える時だと思う。黄昏時になると、一日が終わるんだなぁ、って感じるだろ?
どうしたんです?課長。ロマンに浸っちゃって。
えっ、あ、もしかして口に出てたか?
はい。全部。まあでも僕もそう思いますよ。人生の終わりとか考えちゃうと寂しい感じがしますよね〜。
ハッ、じゃあ三十路を過ぎた俺は黄昏時だな。独身のまま老いて死ぬのがよく見えるよ。
何言ってんすか、課長。課長が探せばいい人の一人や二人くらい見つかりますって!
皮肉か?あのな、田中、こんな低身長で冴えないおっさんが誰を見つけられるんだ?
いやいや、課長は清潔感とか気を使ってるからいけますよ。制汗剤とか清涼剤持って来る男性社員なんて、課長くらいですよ。
あぁ、そういえばそうか。確かに、部署の他のやつよりは身だしなみに気をつけているつもりだ。柔軟剤とかも一応拘ってるし、実はスキンケアのために洗顔料を使ってる。あれ?うちの部署は男ばっかりなのに、なんでこんなことしてんだ?
またボーッとしてますよ。課長〜?
どうせ誰にも気付かれないのに肌だの服だの整えてなんの意味が…いや、田中は気付いてたんだよな。いやいや、田中はただのお世辞であんなこと言ってただけで、でもなんで俺はこんなに考えて……うん、そうだ。俺は確かに探してなかっただけかもしれない。自分の気持ちを無視して冷めたふりして……
何ブツブツ言ってるんですか?課長?
田中。
はい?
俺はお前の言う通り、探していなかっただけってことが分かったよ。田中、黄昏時は、逢魔が時さ、…田中。いや、マサル……
ちょ、ちょっと待って下さい課ちy……
author:kata_men
EianSakashiba, hallwayman, Hoojiro_san, karathh, kata_men, seda87ne
昔から、私は“人の音”を聴くことが出来ました。
人の音は主に2つに分けられます。こつ、こつ、と“積み上がる音”と、ぽろ、ぽろ、と“崩れていく音”です。
面白い事に、生まれた時は皆“積み上がる音”を奏でるんですよ。それが、いつの間にか“崩れていく音”に変わってしまうんですよね。
じゃあその音が切り替わる時って何時なんだって話なんですけれども、人生の最盛期頃なんじゃないのかって思うんですよ。比喩のひとつに黄昏た人というものがありますでしょう?ああいう人がまさに少しづつ崩れていく音がよく聞こえるんです。
人は生まれた時から色んなものをコツコツ積み重ねていくんです。その積み重ねた物が限界を迎えるときが最盛期、あとはゆっくりと崩れていくんです。そうして全部崩れきった時が寿命って訳です。
で、どうです?今回の肉は。黄昏期の男の肉です。ゆっくりと崩れていく黄昏期の肉は口の中で程よくほろりと溶けるようでしょう?
author:touyou funky
1nar1, dr-kudo, hallwayman, santou, shishiza man, tateito, ukarayakara
工場長と事務長が廊下の向こうから歩いてくるのを見た途端、荻野は今晩の不眠を予感した。ワックスの切れかかった廊下は二つの人影を合体させ、亡霊のような陽炎をユラユラと立たせている。自然光を大々的に採り入れるための窓は夕暮れ時になると意味を成さず、心許ないランプに照らされた廊下は薄暗い。二人は荻野に気付くと会話をやめ歩調を早めて近づいて来た。
「荻野君」
目顔で横の会議室を示し、二人は入って行った。無視できればどれだけ気が楽か、達成し得ない願望に思いを馳せつつ荻野は後に続いた。
先に入った二人は既に上座を占有していた。遠慮がちに縮こまる事務長を尻目に荻野は工場長に促されるまま席に着いた。盛んに脚を振動させながら工場長が口を開いた。
「すまないね忙しいのに。1階の荷捌用のホール、あるでしょ。溶剤とか搬入するとこ。あそこを広くしてもらいたいんだけどね」
「片付けるってことですか」
「違う、拡張工事をしてほしいんだよ大至急。工事は来月中に終わるようにしてほしいな」
この要求がどれだけ無茶かは事務長は分かっている。しかしやたら苦笑するばかりで異議を唱えない。どうやら荻野は独りで戦わないとならないようだ。
「まず業者を選定しなければなりません。あと工事期間中どこで荷下ろしをするか考えなくては」
「あそっか。工事中は使えないわけか」
これだから本社からの雇われ場長は困る。
「とりあえず現場を見てきてくれないかな」
曖昧な命令を与えられた荻野はとりあえずホールに向かうことにした。毎日のように見ているホールをなぜ改めて見る必要があるか、荻野には分からなかった。暮れていく陽を斜めに見つつ、荻野は階段を降りて行った。
author:ashimine
ashimine, hallwayman, KABOOM1103, konumatakaki, meshiochislash×2, santou, souyamisaki014
19歳の時に小説家を志した道尾秀介はどんな職業でも10年続けて芽が出なければ才能がないと考え、自身のタイムリミットを30歳と定めた。
奇しくも、僕が小説家を目指して母のお金をくすねて千駄ヶ谷の高島屋で万年筆と400字詰原稿用紙を購入したのも19歳のことだった。
30歳までには小説家になろう。「君の文章はてにおはがしっかりしてる」と論文指導の先生に褒められた時から、そう胸に秘めて過ごすようになった。別にその日から死に物狂いで執筆に取り組んだ、という訳じゃないが、成功している人は30歳前後でデビューしているイメージがあったし、僕の才能もその内誰かが見出してくれる筈。10年もあればどこかしらでそういう機会も訪れると信じていた。
だから「18歳の少年、芥川賞の快挙」というニュースを見て、大学生の僕は心臓が縮み上がる思いをした。呆然とする僕の耳に、インタビューに答える少年の声が朧げに聞こえて来る。
「毎日1万字の……とにかく色んな人に読んで貰い……積極的にアプローチを……」
反射的にテレビを切る。小説家になろうと考えるだけで何もして来なかった自分が責め立てられているような気がした。
焦り始めるのは20代後半からでいいと、どこかで思っていた。
タイムリミットは、まだ先だった筈なのに。
彼は18歳なのに。僕はもう22歳なのに。
……ひょっとして僕も、何かしなきゃいけないんじゃないか?
居ても立っても居られなくなり、自室の机に向かう。
引き出しに大事に仕舞っておいた万年筆を手に取り、初めて原稿用紙に向かった。
1時間、2時間が経ち、やがて窓の外には茜色が刺し始める。
僕の手は、白紙の原稿に1文字も紡ぐ事が出来なかった。
author:suamax
EianSakashiba, hannyahara, kuronohanahana×2, pictogram_man, suamax×2, ukarayakara
『太陽からこのメッセージを送信しています。私とお話しませんか?』
日曜の朝、LINEを開いて真っ先に飛び込んだメッセージだった。初期アイコンの見知らぬユーザーネームから送られてきたそれは、私の心を動かすには充分だった。
別に信じてなどいない。その日は特に予定も無い平凡な休日だったし ――何より当時の私は人間関係に飢えていた。だから、怪しい話が出てきたらすぐにブロックすると自分の中で決めて、RPに付き合ってやることにしただけ。
対話はスローペースで進んだ。地球から太陽まで8分19秒、復路でさらに8分19秒。都合16分38秒が私達の距離。既読を毎回17分弱で付けてくるのを見て、やけに気合の入ったRPだと感心した覚えがある。
太陽にどうやって住んでいるのか訊いた。そういう技術があるとのことだった。RPの限界を感じつつ、案外そんなものなのかもしれないなと思った。
なぜ1日しか会話出来ないのか訊いた。一度地球に遮られてしまうと再接続は難しいとのことだった。面白い設定だと思ったし、何日もRPをされてはたまったものじゃないので僥倖だと思った。
それから日本の流行りの話をして、宇宙の神秘の話をして、太陽生活の日常の話をして、それで。
11時間くらい、昼食も取らずに対話に耽って、気が付けば夕暮れになっていた。昼とは違い、太陽から届くのは真紅の波長の可視光と、ほんの僅かの放射線と、あとこのスマホへの電波だけ。直にそれも届かなくなるだろう。
夏ならもっと話せたのにな、とか思いつつ、太陽を地球が覆う前に最後のメッセージを考える。
悩んだ末、「おやすみ」とだけ一言送信した。10分後に日が沈み、レスポンスは無かった。
目利き部門 優勝
SuamaX
(18 pt.)
準優勝
k-cal
( 9 pt.)
文体部門 優勝
1nar1& konumatakaki
( 4 pt.)
原案者 - meshiochislash
技術協力 - Dr_Kudo