author:islandsmaster
islandsmaster×6 Dr_kudo Utsuki_K
大学4年生の夏、死のうと考えたことがある。
特別な理由なんてない。ただ何もかもがうまくいかなかった。勉強、恋愛、就職、家族、すべてに希望がないように見えた。誰も俺のことに気づいていなくて、沼の底に沈んでいくようだった。
汚い部屋で2週間悩んで、最後に教授に相談した。
西日の差し込む狭い廊下で、一冊の辞書を渡された。毎日5限にここに来て、チャイムが鳴るまでノートに写す。範囲はAから始まる英単語。時給1100円のアルバイト。
なぜ引き受けたのかは覚えていない。たぶん金がなかったんだろう。
英英辞典の頭から、ただひたすらに手書きで写す。そろばんabacusから軸axisまで続けて一冊。別の辞書に移ってもう一度。比較辞書学なんて分野、それまで聞いたこともなかった。ただ無心に手を動かして、一日分の死の誘惑が、引っかき傷みたいな殴り書きに変わる。きっかり30分ごとに教授が部屋を覗き込み、俺が死んでいないか確認する。
結局、それが一年続いた。
ダブりの学費を差し引いてほんの少しだけ残った金で、夕焼け色のウィスキーが買えた。最後の日に教授の部屋を訪ねると、彼は笑ってこう言った。
死にたくなったらまた来てください。今度はCからお願いします。
そうして酒を受け取ると、最後のノートを俺に返した。
そいつはまだ俺の部屋にある。葬儀の後に見た教授の書斎には残りの全部のノートがあって、それで俺は初めて気づいたんだ。比較辞書学は存在しない。Aは全部のアルファベットで最も単語数の多い文字だ。
22歳の俺はバカだった。親と不仲で、貧乏で、おまけに考えなしだった。今でもそんなに変わっちゃいないし、たまには死にたくなるときもある。
そんなときはCの項を写す。
author:souyamisaki014
souyamisaki014×3 meshiochislash×2 stengan774 wagnascousin
あいのせい 連絡帳の一番上態々わざわざ変えるのもはら立つ
author:meshiochislash
meshiochislash eiansakashiba×3 northpole×2 imerimo 1nar1
30人を殺して逃げた翌朝、二度寝を終えて窓を開けると天使がいたので、その羽を毟ってみた。特に実感も感触もなく、雲でも潰すように羽は散ってしまった。どうでもよかった。神の遣いだとか言ってこちらの改心を促す、見てくれだけはいい彼女に苛立った。それだけ。
翼を捥がれた天使はもう空には帰れないらしい。知ったことではなかったし、ちょうど良かったから逃亡の手伝いをさせた。少女は悲しそうに、しかし脅すまでもなく従ってくれた。一つの問いと交換で。
「どうして殺してしまったんですか?」
「嫌になったから」
どうでもいい。どうでもいいからみんな殺したのに、今更天使の一匹程度、どうだっていい。彼女が俺と逃げている理由も、彼女と俺が逃げている理由も、よくわからなかった。わかって、いなかった。
ある日、天使は死んだ。俺を庇って、撃たれて死んだ。何故と問うた。
「私にも、よくわかりません」
──ああ。そうだろう。だから……わからないなら、わからないままで終わりにしよう。二発目の銃弾が放たれるまでに、俺は両手を上げ降伏の意を示す。
逃げる理由がわからなくなった俺は、逃げるのをやめて罪と向き合った。
翼を持つ彼女は、それを空から笑顔で見守っていた。
author:eiansakashiba
eiansakashiba northpole×2 utsuki_k×2 dr_kudo k-cal stengan774
私は、灰に憧れていた。消し炭程の原型すら残らずに燃え尽きるその末路に成れたなら、どれほど素晴らしいだろうと思った。
私は、温もりに憧れていた。肌が触れ合い、数値としての温度以上の暖かさを得られるその熱は、一生手に入らないだろうと思っていた。
私は、正常に憧れていた。何を以て異常と断言するかすら曖昧になったこの世界で、その指標が絶対的な安寧になり得ると思った。
隠蔽がお得意な財団の都合によって、タナトーマと呼ばれる「死を体外へ抽出できる技術」が常識となった。我々財団職員にとっては、異常すらも弄ぶことが出来ない唯一の聖域であった死すらも蹂躙された気分だった。
死ぬまで日の当たらぬ場所で異常を制御する事を義務付けられた我々から、救いも同然の死を取り上げる?そんな事があってはならない。私は正常になる。私は温もりになる。
私は、あの憧れだった灰になるのだ。
事件報告書:東京都██市の廃ビルにて計10人の焼死体が発見された。死体は互いに抱き合うような姿で発見され、また身元が迅速に判明できないほどの損傷であったが、そのうちの1人が財団の女性職員であったことが判明した。死体からは焼死のタナトーマが注入されていた点、身元捜査の結果女性職員がインターネット上で「Ash」と呼ばれる自殺幇助サークルを運営していた点から、女性職員主謀による一般人を巻き込んだ心中であると推測される。
女性職員は「素手で触れた対象を瞬時に凍結させる」異常持ちであった。SCP-2999-JPによる倫理的観点から女性職員の名前は非公開にされる。財団職員は異常持ちかそうでないか関わらず、タナトーマの注入を禁止されている。
author:wagnascousin
wagnascousin×3 1nar1×2 souyamisaki014 stengan774 imerimo
「文明の進化により、我々はこの世の全てを理解してしまった」
「してしまったと言うのは?」
「この世界はAと言うテーマを使った700字のショートストーリーの世界だ。オチを付けないと世界そのものが消滅する」
「まあ、テーマがAなら楽勝だろう」
「いや、Aは幅広過ぎるから読者の納得感が足りなくなりそうだ」
「なら伏線を張ろう。Aに繋げて回収すればいい」
「読者にそれを意識させたら台無しだろ」
「じゃあ最後に一発ネタを用意したらどうだ?」
「そうだな。我々の高度な知性を見せてやろう」
「高度過ぎると読者が付いてこれないぞ」
「なるほど。じゃあアナルにAの付く物でも入れるか」
「ほら来た。すぐ下ネタに頼ろうとする」
「じゃあ他に何入れるんだよ」
「アナルから離れろ」
「アトランティックサーモンは海に降りると数万キロの距離を移動しながら数年かけて成魚へと成長していきます」
「初めて聞く名前の魚だな」
「続けて」
「成魚となったアトランティックサーモンは母川回帰本能により、我々のアナルに戻ろうとします」
「だからアナルから離れろ」
「アナルから数万キロ離れたし」
「物理的な話じゃねえって」
「名前の由来が酷過ぎる」
「サーモンに何の恨みがあるんだよ」
「おい、もうすぐ700字だぞ」
「伏線はどうなった?誰か回収してくれ」
「ケツの穴の話しかしてないぞ」
「どうすんだよこれ」
「アトミックボムで爆発オチはどうだ」
「爆発オチは弱くないか?」
「弱くはないぞ。この大陸ごと吹っ飛ばすつもりだ」
「だから物理的な話じゃねえって」
「けど文字数的に爆発オチしかないよ」
「しゃーない発射だ」
こうして超古代文明アトランティス帝国は、一夜にして海の底に沈んだという。
author:k-cal
k-cal×2 mtkani_666×2 eiansakashiba seafield13 northpole
「あ、おかえり」
珍しく明るい仕事帰りの家。彼女は寝間着姿で台所に立っていた。
「え、ただいま。どうしたの?」
「今日は私が作ろうと思ってさ、ごはん」
「え~、ありがとう。楽しみにしてるね」
平静を装ってソファに沈み、雑誌を開く。適当にページを捲りつつ、私の注意はキッチンから響く様々な雑音――リズムの悪い包丁の音、シンクに物が転がり落ちる音――に向けられていた。
私の中心には常に彼女がいた。私は彼女を基準にして、私の位置を発見し、私がふらふらとどこかに行ってしまわないようにする。私の価値を、私の行動理由を、彼女は規定してくれた。
だからこそ、彼女の変化には敏感だった。もし彼女が私を捨ててどこかへ行ってしまったら、私はどう生きていいかわからないから。
焦げ臭さが漂う。まだ早い。
沸騰した水が吹きこぼれ、コンロに触れて水が一気に蒸発する。まだ。
バタバタと彼女が忙しなく動いて、重いものが床に落ちる。もう少し。
ガラスが割れる高い音、悲鳴。もういいだろう。
雑誌から顔を上げると、泣きそうになった彼女が床にへたり込んで、私の方を見ていた。
重く扱いにくい鉄フライパン。薄いガラス製の食器。炊飯器代わりの土鍋。全て、私が選んだものだ。
私は彼女を抱き起し、ゆっくりと頭をなでる。しかたないよ、と励ましながら、彼女をベッドへと連れていく。そこは、不器用な彼女にとってあまりに生きにくい家の中で、唯一彼女のための場所だった。
彼女は暗い部屋で、ベッドに倒れ込み、そのまま布団にくるまってしまった。
私はキッチンを片付けながら、小さく胸をなでおろす。
よかった。錨は、深く、暗く、砂の中に沈んでいなければ。
author:dr_kudo
dr_kudo×4 eiansakashiba souyamisaki014 meshiochislash imerimo
要求した高めの変化球が甘く入り、快音が私達の秋を終焉を告げる。マスク越しの幻覚。最悪で最善かもしれない妄想。
マウンドで振りかぶる少女は、ここに居るべき子じゃない。ペン代わりのボールで、インク代わりに白い軌跡を宙空に描いている。
芯を外した打球は澱みなく三塁から一塁へ。2アウト。9回の表、一点を追う展開。
あの日、遂に投手を見つけたと監督が言って、私は彼女に出会った。軽くどこまでも伸びる球に惚れた。
「使えるか」
「打たせて取るを徹底。リードに従う。球数は65。」
「よし」
監督と3年1人ずつ仲間を集めた。最初で最後のシーズン。楽しかった。
でも。
表情の変化に乏しい彼女と練習を重ねる度に、罪悪感と恐ろしさが募った。
──
次の打者。高めの変化球を要求したら、と頭によぎる悪夢を振り払う。
温存していた秘密のサイン。ど真ん中、直球、全力。
躊躇なく投球動作が始まる。ふと気付く。この線を描く為に私達は生きているのだ。
慌てて振り出されたバットは浮き上がる球の下部を浅く叩いた。計算通り。
マスクはもう捨ててある。全力で走る。空中で捕球し、ベンチに頭から突っ込む。目の前を星が流れる───。
気が付くと打席が回ってきていた。ずい、と目前に出されるバットの向こうはあの子。
「私は仕事をした。貴女の番」
いつもの不敵な視線が心地よい。私は無言でバットを受け取った。
──
翌朝の地方欄、泣きじゃくる少女を囲み撫で回すチームメイトと、少し離れて記者に受け答えする少女の姿。
『尾野、サヨナラ2点タイムリー!』
『著者学地区大会決勝を逆転で制す。初の地方大会へ』
『エース語る:こんな所で泣かれても困ります。まだ上に行きますから。彼女と、皆で』
author:mtkani_666
mtkani_666×4 meshiochislash wagnascousin
燃えるように青い教室で、瞼の裏側で密やかな白昼夢。
薄い硝子の舞台で跳躍をするダンサーと、それを見守る観客達の露悪的な好奇の視線。トゥシューズがいつ舞台を砕くのか。波打ち際の泡沫の色彩を借りて、ガラスが爆ける様を誰しもがさぞ美しかろうと期待している。照明が落とされ、劇場を包む淡い闇。オーケストラの指揮者は指揮棒を振り上げて、ダンサーはセンターバミリに五番の足で立った。沈黙を以て、演者達への敬意とする有象無象―はじまるのは嫉妬と尊敬のエンターテイメント。
―先生に、教卓に呼び出された主演。ビニルの封筒を受け取って自分の席に戻り、開く。疾る手つきで取り出される二つ折りの書類、仄かにインクの匂い。
「どうだった?」
自我の強い有象無象のひとつがアドリブで台詞を入れてくる。主演は詳細なグラフの並ぶ書類に軽く目を通すと、
「うん、A判定だった」
と期待通りの、台本通りのことばを口にした。
途端に有象無象は、感嘆と憎悪と衒われた無関心で騒がしくなる。汚いさざなみが主演を中心に寄せては返す。
「この学校で旧帝大どころか国の最高学府に合格判定が付くのはあいつしかいねえよな」
―ダンサーは薄硝子の舞台で芸術を体現した跳躍を見せた後、着地に成功した。主演はそれでもなお「まだほんとうの結果じゃない」と笑ってみせる。そういうところまで含めて彼女は、愛されて嫌われる。思春期の可能性が鋭利に睨み合う500ルクスの部屋はひどく窮屈で、私は思惑と陰鬱の渦から逃げるように手元のデータに目線を落とした。そのうちに微睡んで、また退屈に呑み込まれて、彼方の夢に落ちる。
author:northpole
1nar1×2 islandsmaster seafield13 tateito stengan774
死体が蘇り始めて30年も経てばそれを本当に殺す装置なんてものも生まれる。それに伴って蘇った死人を捕らえる仕事が生まれた。処刑人だ。正式な名前は別にあるが、長ったらしいので誰も呼ばない。当の処刑人でさえも。
処刑人の数は少ない。現状を知った死者は群れ、武装し、抵抗する。それを防ごうにも知己が殺されるのを容認する者は多くなかった。それが人情というものだ。必然的に生きた死者は増え続け、処刑人は少数精鋭、特別な人間の集団になっていった。
最初の処刑人たる彼女はその中でも特別だ。強さもそうだが、彼女は死者でありながら処刑人でもあり、100%の連行率を条件に処分を免れている。
彼女の死者殺しが仕事になった経緯は知らないが、少なくとも彼女は死者の殺処分が決まる前から死者を殺し続けてきた。死者故に老いず、成長もしない、膂力に劣る17歳の華奢な体で。
死者を殺す理由について彼女はいつもこう語る。
「死人はいくらヤっても増えねェ。歳も取らねェ。どうせいつかは土地が足りなくて死人か生者、どっちか選ぶ事になンのさ。だったらオレは生者を選ぶね」
それだけではないはずだ。彼女が時折眺めている古ぼけた写真には幼い彼女を抱き寄せて笑う男女の姿があるのだから。ほんの少しだけだとしても、死んだ両親との再会を彼女はきっと願っていた。
ある日の巡回の終わり際、彼女は自らを呼ぶ声に振り向いた。僕たちも遅れて振り向き、駆け寄ってくる男女の姿を視認した。写真で見た顔。固まった彼女が再び動き出す前に、部下が彼らを撃ち殺した。
「まァ、そういうこともあらァな」
無線で回収を要請したきり立ち尽くした彼女は、回収班が去った後、か細い声でそう呟いた。
author:imerimo
imerimo×2 souyamisaki014×2 meshiochislash utsuki_k mtkani_666 tateito
日本語以外の言葉には「冠詞」というものがあり、その中でも英語は「定冠詞」と「不定冠詞」の2つを持つらしい。定冠詞は「The」で、ビートルズなんかの前にもつけられている「ザ」ってやつだ。一方で不定冠詞は「a」や「an」で、これが使われる有名な例は思いつかない。どう違うかというと、定冠詞は何か複数のものの中から特別に指定するときに使われ、不定冠詞は特に区別をする必要がないときに使われる。店に行って、りんごを一つ欲しいときは「please an apple」だし、たまたま目についたツヤッツヤで特別いい香りのするりんごが欲しいときは「please the apple」だ。
で、俺は「the ██」になりたいってわけだ。「a ██」じゃない。平凡な親からつけられた平凡な名前だが、それでも生き方は自由だ。世界に名を馳せて、いつか特別に呼ばれる存在となってみせる。まずは非凡な生き方を始めていかなくてはならない。身近なことから始めて行けば、一歩ずつ進めるはずだ。目指せI am the ██。
そう信じて生き続けたが、結局非凡な存在にはならなかった。先に進めると信じた先には、いつの間にかどこへも繋がらない行き止まりがあるだけだった。起きた非凡なことといえば、遭遇した奇妙な事故から始まる不思議な雇用だけだった。しかし、そこでも俺が花開くことはなく、ただ事務作業を淡々と行うのみだった。
この歳になって知ったことだが、固有名詞に冠詞をつけることはないらしい。同じ名前の人間が複数いようと、「I am ██」が正解のようだ。どうも走り出しから私は「I am a ██」だったらしい。
author:stengan774
stengan774×2 wagnascousin×2 eiansakashiba imerimo utsuki_k
「アンダーソンAnderson博士、お呼びでしょうか」
「よく来てくれた、エージェントAgent・相葉Aiba。君が先日確保したAAnomalousO-36682-JPについてなんだが」
「聖24音Alphabetの錬金術Alchemyカルトで聖遺物Artifactとして記録Archiveされていた合金Alloy製の金床Anvilですね」
「そう、それについて後Afterに付加的Additionalな異常性Abnormalityが確認された。どうもあれは地球外生命体Alienが古代Ancientの人類と友好Amityを結ぶため作成したものであるらしい。そしてAndどうも、彼らが答えとして辿り着いたArrived At the Answerのは、言語の反広汎化Anti-generalizationだったようだ」
「つまり、全てAllの言葉が1つの文字"A"に集約されつつあると?」
「その通り、AKクラスの終焉がこの世界に迫っている。…どうやらApparently我々はまた、君に泣きつくAppeal必要があるらしいな?」
「聞くAskまでもありません、朝飯前Appetizerですよ」
「頼んだぞ、エージェント・相葉。いや、最強のエージェントthe Almighty-Agentよ!」
author:konumatakaki
konumatakaki×4 northpole meshiochislash
『答えを聞かせてよ』
手元の端末に表示されるメッセージの送信時間は二時間前。つけてしまった既読は消せない。
わかっている。今の関係を適当に先延ばしして、それでどうにかしようだなんていうのはいたずらに傷つけるだけだ。いつも楽しそうに、どこか掴みどころのないように笑っているけど、今でも壊れそうになっていることをよく知っている。
文字を書いて、消して、どういう文章を送ろうか迷っていると着信音がした。案外驚きは少なかった。少し迷って、緑色のボタンを押す。
「ん、たぶん書くよりも直接話したほうが楽なんじゃないかなと思って」
耳元のスピーカーから、いつもの楽しそうな声。胸がぎゅっと痛くなる。
「……もし、あなたを傷つけるような言葉しか返せないとしたら、それでも聞きたいですか?」
これが言える限界だ。これ以上は、無理。
「いいよ。それでもいいから、質問をしたんだ」
きっとどう答えても、この口調は変わらないだろう。いい人なのはわかってる。それでも僕の感情は、どうしても受け入れることができない。
「……先延ばしでもいいよ。また明日、会って話してくれるなら」
何も言えずに黙っていると、声がする。
「……明日でも、いいですか?」
「……うん」
回線越しの優しい声に息苦しくなりながら、また甘えさせてもらうことにした。これだけのことをさせているのだから嘘ぐらいつかないといけないのかもしれないけど、無理なものは無理なのだ。
僕はあの人を、どうしても好きになれそうにない。
author:tateito
tateito utsuki_k×2 souyamisaki014 seafield13 imerimo
「あの魚おいしそー」
「アレ、お前の顔に似てね?」
「どれどれ?…… なんだと~!」
カップルが借り物の言葉で情報量の無い会話をしている。
エスカレーターで8階まで上がりその後通路を下りながら様々な水槽を見ていく、というタイプの水族館であるが、私は目的のモノを未だに見つけていない。周りはカップルか家族連ればかりで独り身の自分は少し浮いている。
浮いているのは一人だからではなく、血相を変えて探し物をしているからかもしれない。
南極海を模した水槽ではペンギンが餌の魚を食べていた。これもまた探し物とは異なる。
餌を与える飼育員と目が合った気がした。私は目を背けて先へ急いだ。
イルカの水槽では大勢のカップルがその泳ぐ様を見物し、イルカ達も同様に人間達を観察しているようだった。イルカは賢い動物というが、実際のところ人間の事をなんだと思っているのか?結局、ヒトはヒトの事しかわからない、いや他人の事だって、なんならば自分の事も大してわかるものではないか。
グレート・バリアリーフの水槽では色とりどりの熱帯魚が客を出迎える。別に生物学的にはヒトに見せるための体色という訳ではないのに、熱帯の観賞魚は人間にとても人気だ。
そして探し物はここにも無い。
次の水槽に行くまでの通路で座り込んでしまった。時間が無い。
「あのおじさん大丈夫かな?」
小さな子供から奇異の目で見られる。私は汗だくであった。
「残り100文字も無いのにね?」
私は顔を上げた。そうだ。あるはずなのだ。
次の水槽は太平洋。そして700字文体シャッフル企画、今回のテーマは「A」。
そこには悠々と泳ぐ「エイ」の姿があった。
author:1nar1
1nar1×2 k-cal×2 eiansakashiba konumatakaki dr_kudo
彼女から投げかけられるのはいつだって結論の類であり、こちらに対して質問をしてきたのは、つまるところ一度だけだった。
—-
「今度の土曜日はスキーをしに行きましょう。昨日の晩に映画を観たの。実際のところそれはちっともスキーの魅力を主題にした映画じゃなかったのだけれど、少しだけ映った雪山を見て、何だかあなたがスキーで滑っているところを見たくなったのよ」
いいね、と僕は答えた。答えを聞いたわけじゃないわ、と彼女が言う。
—-
「サークルの花見、あなたは買い出し班に振っておいたから。新入生に飲酒させるのはご法度だから、多めにソフトドリンクを買っておいて。進行の類は渉外班の仕事だから、宴会そのものが始まったら多少ゆっくりできると思うわ」
楽しそうだ、と僕は言う。
—-
「卒業したら私のおばあさんが持っている家に住みましょう。あんまり小奇麗ではない民家だけれど、とても安く家賃を設定してくれると言っているの。何より小さなホームシアターがある家なのよ。中庭の見える縁側であなたは少しだけギターを弾いて、そのあとに一緒に雪山を少しだけ見られる映画を観て、二人でリスみたいに丸まって眠るの」
うん、と返す。彼女が笑う。
—-
「どうして?」
彼女が問う。僕は答えない。肩に突き立てられた彼女の拳の感触を感じながら、観たことの無い映画に少しだけ映る雪山を想像する。その映画では僕がスキー場で派手に転び、それを見て彼女は几帳面な性格を体現するようにぴしりとスキー板を立てて停止し、こちらを見て微笑んでいた。
涙の匂いを感じる。最後まで答えを与えられなかったのは僕の方だったのだという事に、僕は初めて気が付いた。
author:utsuki_k
tateito×4 konumatakaki×2 stengan774
私だって、『ヤードポンド法滅ぶべし』と本気で思っているわけではない。
古くから用いられている、生活に根差した単位系にはある種の合理性がある。feetのような身体尺などは好例だ。そうでなくとも、「古くから用いられている」というのはそれだけでメリットたりうる。
日本でも広く利用されている尺貫法を例にとってみよう。不動産のチラシでは坪の表記が記され、炊飯器の釜の目盛りには合の表記が刻まれる。他にも尺八、五寸釘、一升瓶など、現代に生き残っている表現だけとってみても枚挙にいとまがない。
どのような社会においても、単に国際単位系(SI)を杓子定規に適用すれば良い、というものでもないのである。
遡ること100年以上前、メートル条約が制定されてから、academicの世界ではSIを利用するのがごく一般的な常識となっている。しかし時として、この世界においてすら、非SIにて数値を扱うことにある種の合理性を見出すことができる。
例えば天文学。地球と太陽の平均距離は約1.5×1011mであり、接頭語を用いてすらSIの取り回しは良くない。この距離は1au(天文単位)と定義されているが、太陽系概説などについてはこちらの表記を用いた方がスケール感はつかみやすいだろう。
逆に極端に短い距離を扱う学問、具体的には分子物理学などについても同様だ。例えば、窒素分子の結合距離は約1.0×10-10mだが、10-10mという長さには別の表記方法もある。
分光法の草分け的存在であるスウェーデンの物理学者、Anders.J.Ångströmの名を冠するエポニム。
Å(オングストローム)というのが、正にそれなのだ。
author:seafield13
seafield13×4k-cal imerimo tateito
あ──
ベッドから滑り降りて行ったとき、あいつがなにか言っていた気がする。まだ眠すぎてまぶたも開いていなかったから、それをはっきり聞き分けることはできなかった。一晩中エアコンがついていたから、部屋の空気はひどく冷却されていた。はみ出していた肩を掛け布団で保護し、あいつがいたところに温もりを探しに行く。
外気に触れていたせいか、すでにシーツは冷え切っていた。少し汗を吸っているせいで、むしろ冷たささえある。失望感に動く気をなくし、しばらくあいつの枕に顔をうずめることにした。
いつの間にか意識が落ちていた。急に頭を支えていた土台がぐらつき、ずるずると向こうへ逃げていく。いつの間にか帰ってきて、あいつが枕を引き抜こうとしていた。抗議のうめき声をあげたが、あいつの手が容赦なく押し退けてくる。
侵略者はそそくさと布団にもぐりこんだかと思うと、急に寒い、と言い出して掛け布団を余計に巻き取ろうとする。抵抗のために布団を背中で押さえつけると、やがて諦めたように布を引っ張る勢いが弱まった。こちらが油断してくつろいだ姿勢に戻ると、それを見計らったように掛け布団が飛んで行った。
分厚い鎧を失った体は、一気に冷えた部屋の空気に包まれてしまった。てめえ、とあいつに毒づくと、ふふふ……という低い笑い声が返ってきた。布団と触れていたところは少し汗ばんでいたから、すぐに不愉快な湿り気に変わった。返してくれえ、と情けない声で頼むと、さっきの半分ぐらいの掛け布団が投げ返されてきた。すこしだけ温もりが残っていた。
不意に聞きたくなって、さっきなんて言ったの、と聞いてみた。あいつは振り返ると、にやりと笑って、結局答えなかった。